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時事日記 アーカイブ

2006年08月15日

終戦記念

藤岡が歌った「帰り来ぬ風」という私の作詞の歌があります。116万人の遺骨が、未だ南方の島々に置き去りされているという哀しみの歌です。
横浜、札幌、知床斜里にて歌いました。その後、様々な人々が歌っています。
今回の平和祈念コンサートでも、ソプラノ辻友子が歌いました。藤岡の歌声を聴きつつ歌ったと思います。
難しい日本語の発音が多く、切々として、しかも慰霊の思い万感にての藤岡の歌は絶品でした。
歌い終わった藤岡の目に涙を観た時、藤岡の思い入れの凄まじさを感じました。
本日、深く戦没者の霊位に哀悼の意をもって・・・

2006年08月16日

愚昧なマスコミ

捕らえるべきものを捕らえないマスコミ、テレビのアホどもである。靖国、靖国と騒いでいるのは、誰か。
藤岡を捕らえたのは、NHKのみ。
民放は、世界的声楽家である藤岡を捉えられなかった。
絶叫や調子はずれの歌い手のゴシップを得意になって宣伝する。私がテレビを見ないのは、そういうことだ。
テレビ万能の時代を作ったこの時代は、後に検証される。芸能のかけらもない芸能界の太鼓もちでしかなかったと。
最も大切な政治までも愚妹にしたのはマスコミである。

追伸
私が目にするテレビは、すべて安食堂とか、外で見る。薬を貰う場所で多く見る。見たくなくても、テレビをつけている。

2006年08月18日

残暑お見舞い

暑さが続きます。

藤岡は暑い日、涼しく過ごしましたが、例えばエアコン、扇風機を使用しましたが、体を冷やすことはしませんでした。特に喉です。
冷たいものより温かい飲み物を好みました。

夏の夜も、ぬるま湯に浸かっていました。

私は銭湯に誘うのですが、藤岡の感性は銭湯より現代的スパを好んで、よく気分転換に出かけていました。

懐かしく思い出します。

2006年08月19日

音楽史

私のホームページ、新沈黙を破るに連載しています、音楽史が好評です。ありがとうございます。

藤岡についても触れています。
音楽関係以外の方でも、楽しめると思います。
歴史、哲学史等を鑑みて、書いています。
次のようなお便りを頂きました。
__________

役に立っています。 

投稿者:音楽大学学生 投稿日:08月19日 19時45分

バラバラの音楽用語や知識が、木村様のエッセイの音楽史を読むことによって、有機的に結びついています。体系的な理解をするのに役立ちました。
ありがとうございます。

2006年08月22日

その没後、益々名声を高めるという藤岡の歌声です。新しいファンの出現に期待します。
一年祭後は、藤岡のリサイタル、コンサートゲストとして、藤岡の歌声を皆様にお届けします。
多くの録音のマスタリングを続行中です。
コンサート会場にて聴くことができます。
この一年の様々なことを振り返り、先に進もうと思います。勇猛果敢に行きたいと思います。

2006年08月25日

本日は、藤岡命上がり330日

私には、昨日の出来事です。

全く古い思い出ではありません。

来月の一年祭に向けて、また進みます。

330日祭

ギタリスト千葉君、藤岡の友人二名、辻友子、あやかの親子と、そして野中と私で、この命上がりの日を、終えました。
来月の一年祭は、時間を区切っての御祭りになります。
忘れたい人は忘れてよし。それでいいのです。
私は死ぬまで藤岡と一緒であり、死後藤岡と逢うことが目的です。
ああこの人生とは。
霊学を成している私でも、死による別れは辛い。
藤岡に逢いたい。
死ぬことが楽しくなる。死ぬまで生きる。当たり前のことが輝いてくる。
霊界と接触している私でも、である。知らない人は、どれ程の辛さか・・・

2006年08月30日

年をとらない

どうも私は極めつけのアホのようで、年を取っていない感じがするのだ。
藤岡と出会った頃と、変わらない気がする。ただ変わったことは、クラシック音楽を聴いて益々アホになったような・・・
ピアノの音など聴いていると、耳がやられて、頭もやられてアホになる。
クラシックの世界の知恵をつけられて、ずるくて、情けの無い人間に少しなったようだが、それでも、年を取った気がしない。
音楽については、沈黙を破るに書くが、音楽を哲学すること多々あり。
西洋音楽は芸を習うというより、学を学ぶといった感じがして、私の芸感覚に遠い。
ともあれ、私は年を取らないというアホになったようだ。
実年齢より、実に若い。政治や舞踊の世界では、確かに若造である。
益々、怒り心頭に達するのだから、始末に終えない。
今日は、この辺で。

2006年09月01日

九月

去る者は日々に疎し
と、言われる。確かに、生きることに精々ならば、忘れて生きることが楽なのでしょう。過去を捨てて、前に進む。それ以外の術はない。
生きるということは、次しかない。
私の前には、藤岡宣男がいます。藤岡の創造です。
あれから一年を過ぎて、藤岡は、益々私の心に満ちています。
藤岡は亡くなったが、無くなってはいない。
世の中は、猛スピードで前に進んでいるようですが、果たして、本当でしょうか。
明日という、未来という幻想に、進んでいる可能性もあります。確たるビジョンの無い未来は、危険です。
事故から、私は毎日、藤岡を思わないことはない。つまり、私は明日を藤岡と見定めて生きているのです。
生きるということは、不安定であります。しかし、人は死によって確定します。死によって確実な存在になるのが人間の本性です。
死を考えることのない哲学も思想も、学問も無益です。
ただし宗教で言うところの死は、妄想です。
自分の中にあるものしか、見えない、聞こえないのです。それを身をもって知ること。それを総称して謙虚といいます。
知らないことが多いということを知らない人は、死後、絶望的な傲慢の次元に留まります。

クラウンについて

一切の契約はしていません。
よって、何の拘束等々はありません。
事故の前日、藤岡は裁判にて争う旨を私に話しました。私も、それならやるといいました。藤岡が、そのようなことを言うことは、めったにありませんでした。
今も、何の関係もありません。
勝手に、向こうが売っているのだと思います。
こういうことが通る世界が、その世界なのでしょう。
仰天します。
ただし、その間に、ブローカーのような、変な事務所が入っています。
前回の沈黙を破るに書いていますが、管理人が、再度掲載することがなければ、私は、これ以上書きません。どうでもいいのです。
人で無し、人に非ずと話をすることは、私には、出来ません。
私は、真人間ですから。

2006年09月02日

死ぬのが待ち遠しい

今月は、藤岡の一年祭である。
突然寂しくなる時、私は、死ねば藤岡に逢えると考えて、乗り越えます。
これ程、死ぬのを待ち遠しく、楽しく思えたことはない。
これは私が霊学を成していたからである。
毎日、顔を合わせていた藤岡を忘れることは出来ない。藤岡は、もう一人の私だった。藤岡に私を写して生きていた。
藤岡の喜びも悲しみも怒りも、私のものだった。
藤岡が恋人と会うための場所まで手配していた。
藤岡が喜ぶと、私はそれ以上に喜んだ。そして毎日のケンカである。時間を過ぎれば、また一緒に食事をしていた。
藤岡の一日をすべて把握していた。藤岡がすべて私に話すからである。
秘密も隠し事もなかった。
ああ人生である。これ程の苦しみはないと思い、何度も、この場から離れようと思ったが、矢張り、続けられるまで続けることだと。そして藤岡を創造するというところまでたどり着いた。
いよいよ私の人生の佳境に行く。一人の思い込みである。それ以外に何が人生にあるだろうか。思い込み以外にである。そして私は素人を演じ続けてゆく。

2006年09月03日

理解します。

藤岡のいないコンサート、また藤岡の死を思うと、落ち込むという人が、コンサートに行けないと言う。その通りだと思う。
無理して、来ることはない。理解します。

何故コンサートをするのか。簡単です。芸人、芸術家には舞台が必要です。それを用意するのが、私の務めです。
ただし、ここ6年間で理解したことは、音楽一般を成す者は、大半が常識外れ、教養に欠けるということが解りました。
ギャラを払うと、付け上がる。チケットノルマがなければ、当日、ドタキャンする等々。信じられないの一言。
真実、お金を出してでも出たいと思う音楽家、そのもどきを餌にして、音楽事務所が成り立っていることが解るのである。
大半が、芸人気取り、芸術家気取りであるという事実。
本当に呆れる。

2006年09月04日

うつろう季節

風の中に秋の芽生えあり。
すべては流れていると、ギリシャ哲学、仏陀は無常の相を観た。
一つとして留まるものはない。
旧約聖書伝道の書には、すべてには時がある。
抱く時、離す時がある。等々。
生きるとは呼吸の間と禅では言う。
刹那の連続。終わりは始まりであり、始まりは終わりである。生死を繰り返して生きる。道元は、完璧な実存哲学をゆく。死は死で、生は生と。だから、竿の先から飛べと言う。生きるとは飛ぶこと。飛ぶしか術が無いと知る時、開放される。
この次元は、何一つ定まったものは無い。絶対というものが無い、次元である。
高い次元の投影と観る人もいる。
我の本体は、この次元ではないと気づく時、この次元での生きることを、折り合いをつけて生きると知る。
死ぬときは 持ってゆけぬと 貯金せず
という川柳があった。刹那を生きる時の余裕を持ちたいものである。

2006年09月07日

一年祭に向けて

過ぎてしまえば、あっという間。時間というのは、瞬時にワープするようです。
確かにあったはずの365日という日々を一瞬のうちに、射抜いたように・・・
地球が太陽を一周して24時間を経たという、時間というものを、哲学してみたいと思いつつ、こうして日を過ごし、まだ観ぬ明日へ向こうとしている。明日が確実にあると信じて。
私は、藤岡の死を日に幾たびも反芻すること多々あった。
その度に、決心をした。
藤岡を通して、観たもの、聞いたもの、考えたこと、それらを表現すること。
私の表現は、書くこと、踊ること、花を活けること、そして歌うこと。歌は、朗詠から、本格的に歌手として活動を始めた。
手本はある。藤岡である。影を慕いて、行く。
それらは、すべて芸術である。芸の術である。美学にある芸術ではない。術は技である。技は心である。
世阿弥は、花は心、種は技なるべし、と言う。私は言う。技は心である。
私には、花などない。技のみが勝負である。つまり、歌は命として歌う。いのちがけの歌である。それでなければ、藤岡の歌に追いつかない。
歌は誰でも歌う。そして誰でも上手になる。それを舞台で成すということは、とてつもない体力と、心力を使う。普通ならば、死ぬ。死なずに歌えるのは、まだ序の口である。私は、歌で死ぬことにした。
藤岡は、大いに笑うであろう。年甲斐もなく、少年のように、情熱に燃えているのだから。自分でも、呆れている。
一年祭は、私のスタートの年である。そう思うことにした。

2006年09月08日

藤岡の母

ただ今、お母さんは、藤岡の子供の頃に戻っています。
その凄まじい二人の関係を、彷彿とさせます。
「お父さんがいなくても、駄目になったら、いかんよ。ほれ、見たことかと言われる」
そして、世の中の様々な母子家庭に対する、いじめである。
あの当時、いや今でも、世の中は非情である。
藤岡は、人に後ろ指を指されないようにと、努力したという。いつも成績は、良かった。生徒会長も続けた。全校生徒に、即興で話をする。優等生を演じていた。
相当に疲れたであろう。
その頃の話は、私も度々聞いていた。
母親の教育の凄まじさは、二人で生きるという覚悟の元であろう。
母は、いまでも、世の中と戦っている。心の休まる時無く、そうして人生を終える。
それでよし。この世は、修行の世なのである。
一つの救いは、下手な宗教に入信して、妄想の人生を作らなかったことである。
ただし、信仰心には篤い人であったと聞く。藤岡を連れて、信者参拝をしていたと聞く。藤岡が、私の古神道に縁した訳である。

2006年09月11日

一年祭

14日、一年祭を行ないます。
コンサート情報を参照下さい。当日券はあります。
告知の通り、藤岡の歌声を流します。
来年からは、藤岡のリサイタルも開催します。単に音楽鑑賞ではなく、色々な企画を考えています。
故人のリサイタルというものも、前代未聞ということです。
いよいよ藤岡の評価が確実なものになるでしょう。

2006年09月12日

西洋音楽史

私の新沈黙を破るに、西洋音楽史を掲載しています。
西洋音楽を語るのに、必要と考え独自に調べて書いています。素人ですから、多くの専門的用語を理解するのに苦労しています。勿論、歴史、哲学史、美学等を鑑みて、書いています。
一読下されば、幸いです。
批判する前に、学ぶこと。それが鉄則です。
どなたでしょうか。何も知らずに、批判や非難をする人は。
私に、西洋音楽史を講義できる人が、クラシック音楽について語ることが出来ます。

2006年09月13日

明日、藤岡一年祭を執り行います。

コンサートであり、儀式でもあります。
この一年、多くの事を学びました。この年にして、驚くことが多く、それはまた、悲しみを深くするものでした。
百人がいれば百の価値観があるとは知っていても、共通する礼儀作法といものがあるだろうと考えていましたが、別でした。
その多くの無作法に佇み、この世に生きるということは、それらを受容しつつ生きることであると知ることが出来ました。
人に死に対する、人の想いが、実に呆気なく単純なものであることも。当事者でなければ知りえないことを、当事者以外の者が、知っているという思い込みと、勝手な解釈、いい気なものということも。
世に名のある者でも、その程度が知れるということも、よく解りました。
藤岡の敵討ちをするという気持ちは、今でも変わりません。しかしそれは、単に誰を打つということではなく、私の心のあり方であり、私の生き方です。
私は、誰にも恨みなどありません。
多くの誤解や中傷も、何ら問題はありません。私には、私の心のみがテーマなのです。
私が真実であるか否かが問題なのです。それは、私が霊界を知る者だからです。
私にとって、藤岡に逢うことが、最も幸せなことです。
そう誰一人のお客さまがいなくてもいいのです。私が問題なのです。私の納得なのです。私が藤岡にすることが正しいことなのです。そして私と藤岡が向き合うこと、それが私の重大事です。
世の中に対して、私は、求めるものがありません。何一つ、欲するものは、ありません。問題は、私の心なのです。最後に残るものは、心のあり方であることを、私は知り抜いています。
この世の物質の世界を超えると、そこは霊的世界です。
それを知る者の強みが私を支えます。
人間は、死んでも死にません。それは確実なことです。
霊的世界からは、すべてがお見通しです。その眼に耐えられる人になりたいと思います。

2006年09月15日

辻あやかリサイタル

まだ、チラシの配布を行なっていませんが、大変評判がいいようです。
初めて、私以外の人がラフ原稿を作ったものです。
リサイタルも期待できます。理性と知性の藤岡のピアノの指導を受けて、本来の天性を開花させたといえます。
私の音楽史に書きますが、ピアノは実に野蛮な楽器です。自然界に、あんな音はありません。しかし、弾く人によって、聴くに耐えるものになります。
ピアノ演奏で感動するというのは、音の組み合わせです。ただし中毒になると、頭がやられます。生まれつき頭の良い人が弾きこなすことが、出来るのでしょう。そういう意味では、私は全く駄目ですね。
頭の良い人に任せます。
ところが日本では、頭が悪いからピアノでもと思う人がいて驚きます。
それなら三味線を弾かせた方が、まだ救いようがあります。
お後がよろしいようで、本日は、この辺で。

2006年09月17日

持続は才能

気分的なことに捕らわれて、先に進めない。
嫉妬や怒り、拘り等々に縛られて、先に進めない。
前頭葉が発達したということは、自分の殻を打ち破るということ。然るに、続けられないという悲しみ。
少しの心の弱さで頓挫する。それの繰り返しをしているうちに、死んでしまう人の多いこと。
自分の心の中を、ぐるぐると回って人生を終わる。別な言葉で言えば、一人相撲をして人生を終わる。
そういう人を多く見た。
アマというのは、その弱さを抱いている。だからプロに適わない。
私は素人ですが、続けてみましょう。
批判も非難も、嫉妬もやっかみも、無視も何もかにも、馬耳東風。
裸の王様、恥知らずの恐れ知らずでいいのです。

2006年09月18日

進化する歌

藤岡の歌が、実に上手だ。聴く度に、進化する。
どういうことであろうか。
それは私の耳である。つまり私の耳が良くなってきたのである。
同じ歌のはずが、上手いと思う。何度も聴いているのに、聴く度に進化している。
そう聴こえるということは、私の耳の進化でもある。
耳の穴をかっぽじって聴けとは、本当のことだった。
眼は心の窓というが、眼は前頭葉の窓である。
耳は、脳に一番近い。聴くという行為は、実は、哲学する。思索すると同じことである。よく聴くこと、つまりそれは、よく考えることである。
思い起こせば、この10年ほど、私はクラシック音楽、特に声楽とピアノを聴き続けたのである。その大半が、生である。よほどでなければ、CDは聴かない。
思い出したように聴くのは演歌や日本の歌である。それも、一月に一度程度である。
機械を通して聴くものが、嘘のような気がするのだ。

2006年09月21日

時代の不幸

この時代は、観光旅行の如くである。
次から次と予定をこなす。この場に、しみじみと佇むことが出来ない。
風の音も、雨の音も、虫の音も、ただ、あっそうと通り過ぎるだけである。
兎に角、機械文明に使われて、どんどんと前に進む。もう人生が何であるのかという問いさえも捨てて。
そして、人生についての少しばかりの本を読み、感動するという嘘を平気でする。
一年前のことなど、太古の昔のように思う。
こういう状態を古人は、哀れであると言った。
聴くことも、観るという行為も捨てて、一体何が解るというのだろう。
解るということは、納得するということは、行為となることを知らない。
ゲスな興味のみに、大切な思考力を低下させて、実に哀れである。
そしてしまいに、妄想の宗教、霊感、霊能力を信じてしまう。
何一つ、確実なことを知らずに、生きていると思い込んで生きている。
いつの世も、無知と蒙昧にあったが、今はそれに加えて、傲慢不遜が加わり、一層、酷い状態になった。
これは、もはや救いようのない状態なのかもしれない。

2006年09月22日

藤岡のメッセージ

人間が死んだら、すべてが無になる、無くなると思う人には、理解できないことであろうが、数少ない人に、藤岡は明確なメッセージを発している。
私は、そういう方から、情報を聞く。
当然である。藤岡は無くなってはいないからだ。
実に重大なメッセージもある。しかしそれを公開する訳には、いかない。本人の承諾がなければそれは出来ない。
霊界からの情報は、極めて冷静沈着に扱わなければならないからだ。
この世は魔界に支配されているので、大半の人は、そのエネルギーを得て生きる。知らずに、魔界の支配の元に、動かされている。それを知らないという不幸である。
藤岡から私を引き離そうとした、魔界のエネルギーを持つ者もいた。
しかし本人は、それを知らない。世の常識というものに従って、藤岡にアドバイスをしていたが、藤岡の死因も、それに多くを負う。
確かに、藤岡はもっと早く霊界に戻っても良かったのであるが・・・
今は、そのことに触れないでおく。
いすれにせよ、人が死んですべてが無くなると思っている人は、即座に改めるべきである。そうしなければ、この人生の意義を十分に知らずに無為に生きることになる。
これは宗教的教義ではない。事実であり、真実である。

2006年09月24日

命上がり祭前祭

本日は、藤岡、みことあがり祭の前祭です。
一年前の事故前日の夜、私は、藤岡から激しい程の、意欲を聞いていました。
不思議です。そして翌日は、早朝、気づいたら、私の横に寝ていました。
事故当日の朝は、私と一緒でした。
最後まで私と共にあった藤岡でした。
それを知らずに、藤岡の電話等による、私と別に行動するという言葉を聞いて、大きな誤解をし、私を大変な悪者に仕立てた多くの人、私は彼らを許しますが、彼らの守護霊や背後霊が許すか否かは別です。
さて、この世と別れる前には、少しの精神の乱れがあります。それは藤岡もそうでした。いつになく、感情の起伏が激しかったようです。以下、省略します。
今、私は藤岡によって、様々な人の本当の姿を見せられています。
その嘘、偽り、等々です。
藤岡が有名になるだろうとの予測の元に、付き合いをしていた者どもの姿を、とくと見ました。勿論、それで私が、どうする訳ではありませんが。
ここに、それを記して置きます。
本日から、明日にみかけて、私は藤岡の霊位に対して、特別な対応をしたいと思います。親しい人に多くのメッセージを発しています。
藤岡の臨在を感じます。
霊に戻った霊体には、嘘は隠せません。くれぐれも注意してください。

2006年09月25日

藤岡宣男命上がり一年祭

本日は、pm3:00よりpm10:30の間、一時間ごとに祝詞献上します。

この一年、一度たりとも藤岡のことを思い出さない日は、ありませんでした。それは長い道のりでした。藤岡の歌声を残すべくコンサート活動も続けて、これからの人生を藤岡の歌声を伝える、残すということに邁進すべくの考えでした。
これからも、そうです。

再現芸術であり、瞬間芸術が声楽です。本来は、その時で、すべてなのですが、録音技術のお蔭で、歌声を残すことが出来ました。
伝える必要があるのは、藤岡の歌の「もののあわれ」という普遍性です。
それについては、多々書いていますので、省略します。

藤岡の口癖でした。僕は、勉強したい。向上心は人一倍強かったのです。私は彼が、ドイツ語、フランス語、イタリア語を学んでいたのを、目の当たりにしました。
実に、よく学んでいました。そして人体のことです。歌うための体を作るということを、様々な形で行なっていました。
良いといわれる治療法、等々、多くの場所に通い、専門家以上の知識を得ていました。

人が死ぬのは悲しいけれど
いつか人は死んでゆく

それが早いか、遅いかの違いです。
藤岡は、よくよく生きたのです。命の讃歌を生きたのです。

本日、私は日本の伝統に従い、神呼びをし、藤岡と共に過ごし、共に食して、楽しく語らい、神祭りを行ないます。
「清く明るき、直き心」日本人の神祭りの醍醐味があります。

2006年09月26日

いつも新しい

一年祭を終えて、再び歩き始める。
藤岡は有名ではなかった。知名度は低い。それが幸いした。
これから藤岡の歌を新しく紹介できる。手垢のついていない声楽家として紹介するへことが出来る。

私は、毎日が新しい時との出会いをしている。
いつも新鮮でいられる。それは藤岡の歌も、そうである。

この人生の無常迅速を超えて、いよいよ人生の醍醐味である、ラストスパートである。
新しいテーマである歌が、私の前にある。
藤岡の影を慕いて行く。

生きるとは、思い出である。
日々思い出を作り出して生きる。
あらちの世界へ行く日まで、思い出創りをして生きる。

2006年09月27日

それぞれの追悼

藤岡と縁のあった皆様が、それぞれに一年祭の追悼を成していたと想像します。
ありがたいことです。

私の霊学へから、皆様に申し上げます。
心霊は、その人の心の、思い、想い、念いを受け取ります。
小手先の読経や、祈りは通じません。
霊界の人霊は、思い出せば即座に、あちらも思い出してくれます。
すべて想いの世界なのです。
多くのお花、供物等々は、必要ありません。
もし、それに捕らわれているとしたなら、その人の霊は、幽体か、三次元に近い霊的場所にいて、現世と同じように過ごしています。

すべからく、霊界入りした霊人は、人の心の想いを頂きます。
すべてを見抜いていますから、小手先での想いを即座に見抜きます。

深い哀悼の意だけでいいのです。

藤岡の霊位は自由を得ています。
即座に反応します。
皆様の心のレベルにより、その表現を変えます。
ただし、霊界は、上下という世界が非常に厳しく、藤岡がこちらのために祈ってくれること多々あります。
下からは、上に逢うことはできません。
上の者からの歩み寄りを願うためにも、涼しき、澄んだ心のあり様が必要です。

日本人は尊敬する霊人を、神と尊称をつけてお呼びしました。
霊位には礼儀作法をもって臨むということです。

私も、藤岡の霊位に対しては、藤岡宣男の命と、呼び掛けます。

2006年09月28日

言論の自由について

昨日の、告知板を読んで、私を排他的で、他を認めない。そして私の本性の心の闇に皆、気づくべきであるとの、匿名の書き込みがあった。
昨日の告知板に、排他的なことは一切書いていない。
恐れ多いが、仏陀と同じく、すべては心のあり方であるということを書いたまでであり、他の方法を認めないとか、そんなことを一切書いていない。
では、匿名の人は、何故、そのように感じたかと言えば、私の文に自分の心を写したといえる。つまり、自分の心の闇と、自分の排他的なことを、私の文から、焙り出したということである。
さて、言論の自由を成すことが出来るものは、匿名でのものではない。
どこの誰が書いたかを明確にすることが、言論の自由を遂行できる。
匿名という卑怯に方法に、言論の自由はない。それは単に、ヤジになる。
掲示板等、大半が匿名での書き込みである。
好き勝手に書き込みが出来る。これは現代の闇である。
覆面をして、何を言うのか。
よくよく考えて欲しい。
私に何故、歌うのかと問うた者も、匿名である。自分の興味のために、人に言わせてはならないことまで言わせて、それも匿名のなせる技である。
そこに言論の自由などない。
書くことに、責任が伴うこと。それが言論の自由であり、今のところ、二つの掲示板等で、言論の自由を言えるのは、私のみである。
後は、皆、覆面である。何を言っても、許されると思ったならば、それはとんでもないことである。
何故、堂々と、名を名乗らないのか。今、一度、自分に問い掛けることである。
私の前に、顔を出せる者、それのみが、書いたものの責任を負う。責任のない文は、実に、無効なのである。

2006年09月30日

宣男君へ・・・との手紙

事務所に一通の手紙が届いた。藤岡の古い友人からである。玉ぐし料が添えられてあった。
曰く、僕は君のことを忘れて、君の分まで生きます。と。
一年を経ても、なお同じように藤岡の死を悲しむ人がいる。深い想いにかられた。
もし、藤岡を忘れて生きるというならば、それを否定することはできない。
忘れるという言葉には、忘れられないという想いがついていると思われる。

私も、ある高齢の方から、忘れて生きることですと言われた。
それは人生の処世であろう。忘れた振りをして生きるということだと思う。
思い出せば、悲しいでしょうとも、言われた。その通りだ。
忘れた振りも私は出来ないので、藤岡を心に抱いて、生きると、決めた。

そう遅くない時期に、私も死ぬ。
死ぬということが救いになるのである。
焦って死ぬことはない。確実に死ぬ。それでいい。

2006年10月06日

無題

2001年2月より藤岡と立ち上げた、オフィスTWにより、素人の私がクラシックコンサートを開催するという暴挙に出て、藤岡がいた頃は、ケンカをしつつ、私の行動が制御されていまたしが、今は、まさに暴走しています。
思い起こせば、利益の出ないコンサートを開催してから、秋の夜の雨の音、そして月を眺めてゆったりと酒を飲むこともなくなりました。
救いは、私は自分の作ったものが一番美味しいので、それが今は唯一救いです。
部屋は、泥棒に入られた状態。
音楽史から美学、芸術哲学、はては演奏法等々、どうしてこんなことになったのかと不思議です。
この頃は、藤岡が、再び制御をかけてくれて少し、立ち止まっていますが、それでも以前のようではありません。
私は和芸で生きるはずだったのですが・・・
そして風情を生活にしてと・・・
藤岡が残した音楽に関する書籍も読破しようとしている、この根性が何なのかと、再び佇んでいます。矢張り、藤岡は、それも制御します。
木村さん、もういいんだよという声です。
しかし、どうしても私は、それを成したいと思います。
あと少しで人生も終わります。
20年生きて、精々でしょう。無為に生きたくない、ただそれだけです。
しかし、風情を忘れては、日本人としてすたれると、間合いの中にある、存在の確かさである、ゆらぎを感じたいと思っています。
しかし暴走は、免れないことのように思います。これは私の前世の因縁でしょう。

2006年10月11日

藤岡と思念交流しました。

多くを語ることはできませんが、昨日、私は藤岡と思念で話をしました。
私は、霊能者ではありません。
その死後の時から、今の状態まで知ることが出来ました。
いずれの機会に話します。

藤岡は即座に幽体を捨てましたので、幽霊になることはありませんでした。
ただ、藤岡が枕元に立つという妄想の人がいましたが、邪念による妄想であり、全く検討違いのものです。
心にやましいものがあったのでしょう。

思念交流をするとは、亡くなっても無くなっていないということです。
藤岡は、いつも私と共にいるといいます。
互いに感謝の思いで一杯になりました。

多くを書くと、書いている間に消される可能性がありますので、これ以上は書くことができません。

追伸2

藤岡が私と一緒にいるということを誤解されている方がいますので、申し上げます。
私と一緒にいるいっても、霊体ですから、他の人、100人、1000人の人とも一緒にいられる訳です。
つまり次元が違います。物質界ではありません。純粋、思念の世界、想念の世界です。
この次元を超えていますから、一人は一人のみということはありません。
簡単に言うと、背後霊として在ると言ってもいいでしょう。
藤岡も、生前背後に、シューベルトや、マリアカラスが縁しました。
自分が弾いたことのない曲も指導できたのは、そういうことです。
背後に縁するほど、藤岡は、ある段階まで進んでいるということです。特に、宗教的毒素を受けなかったので、スムーズに霊界入りすることが出来ました。
これ以上の説明は避けます。

2006年10月19日

雑感

藤岡が亡くなって一年を過ぎる。
多くの中傷、誤解による噂も無くなった。しかし、言った者は忘れているだろうが、言われた私は忘れていない。
勿論、それの仇を取るつもりは毛頭無い。そんなことをしては地獄に落ちるだけである。しかし、私は言われたことを忘れていないということを言っておく。
物の見方考え方には、百人百様の様がある。私は、それを肯定する。
これが一番正しいなどとは言わない。
しかし、時にアホがいて、私は、他の考え方を認めない、心の闇があるという、心底のアホもいる。それが世の中であるから、放っておくが、いずれ私に逢うことになった時に、どうするのであろうかと思う。決して逢わないということはないのである。
いずれ、礼儀作法の無い者どもを名指してで書くことにするが、勿論、下々は、書かずともよい。世の中に影響力を持つアホに言う。
日本は素晴らしい国である。言論の自由がある。ただし、私は私の書いたものに、責任を負う。匿名などという卑怯な真似はしない。
ご期待ください。

2006年10月20日

クラシック界における権威喪失

いよいよ目にはさやかに見えねども既成の権威が喪失し始めている。
やはりオペラはイタリアです。といえば、日本のオペラは、どうなのかという話で、平気でそういうことを言う。猿芝居より劣るということを自らが認め始めているという不思議。それに気づくことなくである。
コンサートに行き、聴く価値があるものは何か。
何故コンサートに行くのかということになる。
時代はいつも危機に面している。いつまでも同じ状態はあり得ない。
新撰組がいなければ、明治維新は、もう少し早まったであろう。悪あがきになるのか否か。時代はいつも新しい。そして新しいものに、いつも抵抗する愚か者がいる。
歴史をもっと学ぶべきである。

辻あやかのピアノ指導について

指導しているのは、藤岡宣男です。そう、故人です。
信じられないでしょうね。でも、本当です。
歌も指導されている人もいますよ。
辻あやかの場合は、忍者さんと呼んでいる方が、付き添っています。勿論、才能があります。しかし、その方は、あくまでもお手伝いであるといいます。というのは、藤岡がコンタクトして、指導の様を指導するからです。

信じられないでしょうね。
信じる人は騙されますから、私も、これ以上は説明しません。

歌を指導されている方も、生前の藤岡の言葉通りに、練習しています。
ただし、私が、それを認めない場合は、そうではありません。
空想、妄想の人もいるからです。
霊的なことを知る人は少なく、また、霊的なことも、その段階があります。
ご病気の場合もあります。非常に鑑定が難しいことです。
宗教的な意味での霊的ではありません。宗教の霊界は、非常に低い段階にあります。

これ以上は、またあらぬ噂、私が宗教をやっている等々、色々詮索されますから、止めます。私は、霊能者ではありません。また妄想たくましい宗教家でもありません。

2006年10月23日

音楽史

私のホームページの新沈黙を破るの音楽史が、単独に読めるようになります。
新しい音楽史のアプローチということで、管理人が決定しました。
ただいま、バロック期に入るところです。是非、一読下さい。素人の書くものですから、非常に理解しやすいと思います。
勿論、多くの文献から示唆を受けています。特に、藤岡宣男所有の書籍が主です。
まさか、音楽史を書くとは思いませんでした。余計な話も多く、飽きずに読めます。

2006年10月24日

ピアノに関しての雑感と指導、レッスンに思う

ピアノの音は、非常に野蛮な音であり、通常あれを引き続けるということは、人格破壊を招くことにもなりかねないと考えています。
あの民族にしての、あの楽器です。私の音楽史を参考にしてください。
あれほど許容範囲のない音を求めるピアノです。音には、許容範囲があって、音の素晴らしさがあると、考えています。ですから、ピアノを弾く、プロとして弾く場合に、心の許容範囲が必要だと思います。
ピアノ弾きの大半が、通常の神経でないことは、ピアノの曲を創作した人の生活、性格をみれば理解できます。
さて、辻あやかの指導ですが、今は、子供に指導することは許していますが、物理的に、教えることは出来ない状況です。自分のテーマのソロ練習の他に、事務所主催のコンサートの伴奏があり、来年は木村天山との日本の歌の伴奏をしなければなりません。
時間がありません。
どうしても、辻あやかに師事したいという場合は、オーディションを受けてもらいます。レッスンの時間も限られます。
ピアノは楽しみで弾いていることが理想です。あれは人間がマジになって取り組むものではありません。
例えば、10時間練習するなどの話を聞くと、狂っているとしか思えませんし、長く練習すればいいものでもないと思います。才能が無い場合は、即座に諦めるか、楽しみ、趣味で弾く程度が理想です。
日本人の感性を持っていれば、あれは別感性のものです。
私が嫌いなピアノを辻あやかが、私の好きな、好きになるであろうピアノの音にしてくれているので、かろうじて聴くことが出来るのです。
ピアノ演奏で感動しているというのは、音に対して根本から、ある狂いがあるのです。
それは、またいずれの時に。
私は、虫の音を長く聴いて楽しめますが、ピアノの音では長く楽しめません。しかし、欧米人は、虫の音を雑音として聞きます。この感性の違いです。

2006年10月25日

本日は、藤岡命上がり395日です。

私は藤岡に何も返すことが出来ませんから、本日、藤岡の遺志に添って、コンサート活動を続け、演奏のチャンスを多く作ることにより、音楽家を育てさせて頂かせたいと思います。
全国に音楽が心にやさしいものであることを訴えたいと思います。それはまた、一つの平和運動であると考えます。

藤岡宣男の霊位に、栄はえたまえ、守りたまえと申す。

2006年10月27日

今日も気づきの日

今日が結縁の日、今日が神の恩寵の日、今日が悟りの日、今日が目覚めの日、そして今日が最後の日と思えば、今日を最高に生きるしかない。
世阿弥が初心忘するべからずと言う。それは、最初の日のことではない。今日の初心である。一年生の初心と二年生の初心は違うのである。
これを別の言葉にすると、発心であり、心を空しくして、ただその事に向かうという言葉になる。何も、説教をしているのではない。吾身に語りかけているのである。
我が思いひと筋となり、他に心を動かされない。つまり究極自己満足であろうか。
その自己満足が他を動かすことを芸というと考える。
あるところで、チンドン屋を始めた知り合いから、仕事がどんどん増えていると、ハガキがきた。それを復活させようと決心して、家庭を持ちながらも、始めた女性である。
私は、彼女に非常に期待し、興味を持つ。いずれ、彼女との話を書くことが出来ればと思う。するか、しないかは天地の差ほどある。
本日は札幌公演です。子供たちの前で歌います。命懸けで歌います。これが最後と歌います。本公演でも歌います。舞ます。これが最後と務めます。

2006年10月29日

藤岡宣男式研究

来春より、年二回発行予定で、藤岡宣男研究と題した小雑誌を発行します。
後の研究者の先導をします。
藤岡の論文の掲載を始め、多くの方からの寄稿を頂きたいと考えています。
非常に貴重で重要な論文もあり、価値の高いものになります。
藤岡の歌を聴いた皆様からの投稿も歓迎します。

2006年10月30日

引越し雑感

藤岡の部屋を引越ししている。驚いた。几帳面な藤岡は、すべてを整理して取ってあるのだ。幼稚園時代から大学、留学そして旅行等までの記録である。評伝や伝記作家にとって、こんなありがたい事は無い。
必ず藤岡は書かれる声楽家である。それは藤岡のように歌った者はいないからである。エッセイにて、色々書いているので省略するが、日本の「もののあわれ」を歌った声楽家はいない。どんな美しい声であろうが、藤岡には敵わない。私の思い過ごしと言う無かれ。もう少しすると、それが解る。
例えば、私にさえも日本語では敵わない。妄想と言うなかれ。誰も、やまと言葉で歌う者がいないからである。私の歌を聴けば解る。言葉が、日本語が明確である。それは祝詞を唱えるからである。やまと言葉とは、祝詞にある。
いずれ、エッセイに書く。
兎に角藤岡の残してくれたものに感謝する。特に、論文は貴重である。そしてメモ書きである。また学生時代から伴奏で出演したコンサートのすべての資料が残っていた。藤岡は、伴奏をしていたのである。そして名言である。ピアノとは一体になれなかったと。それでよし。ピアノは伴奏でよし。ソロを聴かせるピアノ弾きは、余程、心の器量がなければ無理である。今大半のピアノ弾きは、ピアノに弾かれている。ピアノを弾くだけの器量が無い。ほとんど、いかれている。
今は多くを語らないでおく。いずれ、書く。
知識が必要なら、いくらでも知識を持とう。しかし、知識では計り知れないものがある。それもいずれ書く。
小学生時代の天気観測のノートは、圧巻であった。
彼は、続けることの出来る人間であった。そういう人間は信じられる。幸運の時も、不運にある時も、同じ姿勢でいられる人、それを達人と言う。

2006年10月31日

札幌公演の波紋

クラシックに対する偏見が取れた。イメージが変わったとの感想が多く、この六年間で12回のコンサートの成果をみるようである。
身内の発表会に堕落しても、平気でコンサートを開催していた札幌のクラシックであるから、当然であろう。
演奏し、拍手されてお辞儀して、また演奏しての、繰り返し。それでも上出来ならいいが、そんなことはない。歌に歌われ、ピアノに弾かれてのコンサートである。
さて、音楽は心にやさしいコンサート全国版に発展させます。
来年の七月、京都が決まりました。また、四回目を迎える福岡は、六月、同じく大分。
九州は、長崎、佐賀、熊本、鹿児島も考えています。
東京にても開催します。コンサート情報を参照下さい。
また共に、出演者を募集します。

2006年11月01日

別れ続ける意味

藤岡の部屋の引越しが終わった。すべてを運び出した後で、私は、再び藤岡との別れを体験した。部屋にいた藤岡との別れである。
そう、人生は繰り返しである。私は藤岡と、この世において、別れ続けるのである。
一つ一つにお別れする。悟り続けるように、別れ続けるのである。
いじめを受けて自殺した子の母親が、あの子とは八年逢っていませんと言った。
私も藤岡と、一年以上逢っていない。
私の、この人生では、もう逢わないと思っていても、逢いたいと思う。
霊学を知る私でさえ、こうなのである。知らない人は、どれ程の悲しみを体験するのかと思うと、心境を察するのみである。
さて、私は生きる。死ぬまで生きる。
命の貴さとは、生き抜いて死ぬ時に、現れるものである。
その命の尊さを、私は藤岡宣男に捧げる。
命懸けの祈りが通じないことはない。私は、それを知っている

2006年11月02日

藤岡の敵討ちの意味

藤岡の敵討ちをすると言うと、誰かを想定する。
この私が誰か、人を敵にするものだろうか。そんなことがあるはずがない。
私の敵討ちは、この人生の不合理に、この人生のブラックジョークに、この人生の悪い冗談に、そしてこの人生の無明に、敵討ちをするのである。
文章を読めなくなった時代である。説明過多の小説が支持される時代である。
多くを語らないでおくが、語らないから、語れないと思っては見当違いだ。書き込めば書き込むほどに、真理から遠のくことがある。
しかし語らない、言わぬが花でもない。それは誤魔化しである。日本人は、少ない言葉で、多くを語った。和歌や俳句を見よ。歌に天地万物を宇宙を込める作法を言葉の世界で持つ民族であるる。饒舌は最後に饒舌で終わる。沈黙は、最後に沈黙で終わる。沈黙の重さを深さを知る人は幸いである。沈黙から言葉が溢れる時、歌が誕生する。

2006年11月03日

編集開始

来春から季刊にて発行する「藤岡宣男研究」の編集を開始します。
世界的レベルの音楽家、研究者により、非の打ちどころのない歌唱と称され、いずれ研究の対象になるとのことで、その魁をします。
藤岡宣男の論文を主に掲載し、多くの方から寄稿をいただきます。
架空の権威、偽の権威ある日本の音楽学者等からの寄稿はありません。すべて実践家である音楽家の方からの寄稿をいただきます。勿論、評論家からの寄稿もありません。
音楽学、美学、哲学思想等から藤岡の歌を考察し、またその論文の批判を行い、藤岡の成したことを検証します。
しかし、本人は、いっこうにそのことに関心がないようです。過ぎ去ったことであるとのことで、どうでもいいようですが、私は、まだこの世の次元にいますから、何か藤岡の活動を再確認したいとの思いです。
遥かより遥かへと旅する魂を持つ得心を得た意識は、留まることはありません。
バッハは平気で自作の作曲譜を捨てたといいます。現存している曲より、捨てた曲の方が、多いといいます。つまり、捕らわれがないのです。我がことの内に、終わっている。世に喧伝せずとも良いという意識は、次元の違いを教えます。
要するに、やったことで、すべてを解決しているわけです。
それこそ、人生の達人の域でしょう。いやそれが救いという状態であるということです。やるということは、やるということで、すべてを解決しているのです。

2006年11月04日

文化とは・・・

比較的新しい言葉であり、日本人が文化というイメージと、欧米人が文化というイメージは乖離する。
文化は、カルチャーの訳語で武器を使用せず、人民を支配するという意味である。日本には、文化というより、芸能という感覚が近い。
芸能を文化と置き換えていると思った方が、正しい。
文化的行為とは、日本人が考えるものであり、あちらは支配することを考える。
勿論、言葉は新しく生まれるものだから、否定はしない。
ただやはり、文を化するということで、文は芸能であり、芸能に化するということになる。
芸能という言葉は実に、奥深い言葉であり、芸能界というアホのような世界を言うのではない。至芸になると、カミと言われる存在感を持つ。カミは神である。日本人の神意識は、そういうことである。遥か彼方の存在、あるかないかの存在を神と言わない。神は、存在の延長にあるものである。ここが欧米の神観念と全く違う。
これ以上書くと、長くなるので別の機会に書く。
天地自然の働きを様々に神と呼び、尊敬する人を神として尊称した民族である。
八百万の神というが、実は、千代万の神とも言う。神は無限に発生するのである。
一人ひとりに神が存在するという、唯一絶対の神という観念とは、全く意を事にする。
老人が翁になると、神に近づく者になる。人間と神の仲立ちをする。子供と翁は、神にもっとも近い存在と考えた民族である。その上で、芸能という言葉が、理解できることになる。芸能は人間が神へと至る道になるのである。その上で、文化という言葉を考えることが出来る。

2006年11月06日

ゴールドベルグ変奏曲

野平某の演奏を聴いた。最初の音を聴いて、駄目だと思った。喧しい。
しかし、この人は、バッハの作曲した通りに弾いているという。バッハの意図の通りというが、素人の私には、喧しいのである。野蛮なピアノの音そのままである。
彼は、作曲家だという。それならピアノなど弾かないことだ。
しかし、日本でも海外でも評価されていると言われる。信じられない。日本も世界のクラシック界も、耳と頭がヤラレていると思う。
まあ欧米人は、耳が鈍化しているのが当たり前であるから、通用するだろうが、私には、通用しない。
それなら、誰の演奏がいいのかと言われたら、カタカナに弱い私は、弾きながら、声を出す人と、確か、ソレだか、ツレだかシルだかが良い。つまり適当に弾いている人の演奏がいい。
勿論、本人は、適当に弾いているつもりはないだろうが、私には、そう聴こえる。
解釈は良いが、演奏は別物である。それに解釈は、妄想や想像であるから、本当かどうか解らない。それにしても、野平某氏は、自信過剰である。バッハを知っていると思い込んでいる。

2006年11月08日

何故歌うのか

そう尋ねられて、今歌わなければ死ぬと言うと納得された。
そこまで言わなければ収まらないだろうと思った。
歌は誰もが歌う。一例を上げる。演歌歌手の若手で一番人気のHがいる。彼を批判すると、相当なバッシングを受けるだろう。しかし言う。あれは歌ではない。威勢に任せる、叫びに近い。
生まれ持った資質で歌う。才能がある。だが、歌は、つまり声にして歌う歌は、威勢ではない。年齢の問題ではない。若手でも、良い歌手はいる。
演歌歌手では藤岡が巧いと言ったのは韓国出身のキムなんとかである。
演歌歌手では浪曲系から出た歌手が巧い。今は、ほとんど死に絶えた。
何を言いたいかというと日本語である。日本語の語感である。声楽家による日本の歌で、語感を感じる者は、皆無に近い。母国語の語感がなくて、フランス歌曲、イタリア歌曲を聴いても信じられない。それぞれの国には、それぞれの語感がある。
日本語の語感は「もののあわれ」である。哀調ではない。これを話すと長くなるので、止める。
歌は世につれだから、今流行の歌を聴けば、世の中が解る。
Hの軽さはただ事ではない。情緒を廃してしまった。薄っぺらな顔を皆、好むようである。
これ以上言うと、僻みに受け取られるようなので言わない。
何故歌うのか。放置して置けないからである。霊能者のような歌手Mがいる。音程も何もない。しかし、語感がある。森繁という役者の大御所がいる。音程などない。しかし語感がある。
歌えば歌うほど難しくなる。誰もが歌えるが、人に聞かせる歌を歌うのは至難の業だ。
母が子供に聞かせる歌に、歌の原点があると言う。誰に聞かせるのか明確である。子供の心に聞かせてる。耳に聴かせるのではない。心に聴かせるのである。心は、胸の辺り、水落の辺りにある。そこに響くのである。実は、歌い手も、そこで歌う。
ベルカントで日本語を歌うと、何語で歌っているのか解らない。早く気づくべきだと思うが、頭がやられているようで、悦に入っている。

2006年11月10日

一年を過ぎて

藤岡の死去から一年を過ぎて、明らかに見えるものがある。まず、噂である。これが消えた。そして、人の本当の心である。誰が本物かを観ることが出来た。そして私は、藤岡の死についてまた、冷静に書くことが出来る。
人は、人の死によって、人が確定するものだということを知らな過ぎる。
生きている人間は確定しないが、死によって人が確定する。
さて、いよいよこれからが本題である。憶測、想像から脱却して、藤岡の死によって観えたものが、私にも確定した。
多くの人が去った。藤岡も、お見通しであろう。自分にとって本当だった人が、見えたはずである。風にたなびく葦のように人の心は移ろう。
自分をも信じられない者が、何を成すことが出来るだろうか。
私は、一年間、一月三回から四回と藤岡の追悼コンサートを開催した。人は成したことによってしか、確定しない。口では、何とでも言える。私は、その人が成したことしか信じない。
人は行為によってしか、確定しない。作家を目指すものは、書くことで、それに向かうことが可能である。単に、口で成りたいものを言っても詮無いこと。
その人の行為を観て、その人が解る。それ以外のものを信じても駄目である。
さて言う。これから私は、藤岡の死について、書く、そして話す。それだけの権利があることが私の行為によって裏付けられたのである。
今、日本の音楽家で、その亡き後、一年間を追悼されるだろうか。藤岡は、追悼された。
私によってである。藤岡は死によって、私は、藤岡の追悼コンサートによって、確定した。よって、私は、これから藤岡の死について書き、そして話す。
私を批判する者は、その言葉によって自分を批判しているということである。それが解れば幸いである。
アホ馬鹿間抜けが多い世の中だから、私は言う。私に敵う者がいるか。逃げることは上手だが、真に自分と対座することが出来ない者が、何をか言う。

2006年11月11日

柔軟な思考

思考が凝り固まった人がいる。曰く、木村は否定から始まる。世の中に挑戦している。等々。
私は、何一つ否定せず、挑戦もしていないのであるが・・・
クラシック音楽の人々を批判すると、否定すると考える思考が理解できない。もし、私がクラシックを否定するなら、コンサートを開催することなどしないと、どうして解らないのか。
私は、一度たりともクラシック音楽を否定したことはない。
簡単に言う。意識しないものに関して、人間は無いものとして扱う。それに意識するということは、それを受け入れているということである。
花が目の前に飾られても、見ない人がいる。花が彼の心の内に無いからである。目の前にあっても、心に無いものは見えないのである。
何を意識するかで、自分の興味が解る。いや、ほとんどのことが解る。
簡単に言う。要するに、私の存在が目障りなのである。
人は、聞くものより見たものに九割支配される。私を見ると、その存在感に圧倒される。受付にいても、誰のコンサートなのか解らないと言われたこともある。ピアノの蓋を開け閉めするために舞台に出ても、人は、私の存在感に圧倒される。要するに、目障りなのである。
さて、目障りなものを排除する思想は、差別の意識である。
つまり憎まれっ子世にはばかるとは、私のことであろう。
さて言う。私は、この世に欲しい物は、一つもない。そして私は、側にいる人に、何が出来るのかだけを考えて生きている。私の目的は、死ぬことである。生きることは死ぬまでの暇つぶしである。私は、それを知っている。だから私は、せめて、この世の移ろうものを楽しんで眺めている。この世のものに、何一つ捕らわれることがない。

2006年11月13日

姿勢について

歌を歌う姿勢がある。ピアノを弾く姿勢がある。私が藤岡の指導を見て感じたことである。
つまり姿勢を正すと、正しく歌え、ピアノの音も良くなる。
北海道の斜里町で、発声の講師として出掛けた時、ピアノ指導の場で、藤岡が姿勢を正すと、ピアノの音が変わった。それを見て、皆、大きく納得していた。
歌を歌うのに、歌う体になることが重要であることを藤岡は指導していた。しかし、そんな体操が嫌で、止めた者もいる。つまり、声だけ、兎に角、声だけ出せばいいというアホである。
ピアノ弾きも、その姿勢を見れば、どんな音を出すのか解る。
フジコなんとかというピアノ弾きのおばさんがいる。その姿勢は、大根を刻んでいるように弾く。だから、その音も大根を刻んでいるような音になる。それを人は知らない。演奏については好き好きなので言わない。ただあるがままを言う。
私も歌う時、門前の小僧習わぬ教を読むという通り、藤岡の練習を毎日聞いていたので、そのように歌う。高い音の時には、上半身が脱力してゆるゆるになる。力を入れない。
猫や犬は、いつも脱力しているゆえに、ここぞと言う時、瞬時に動く。動物の基本である。
合唱の練習で、アホのように、アーアーを繰り返して声を出すが、一向に良くならない。馬鹿の一つ覚えで、アーアーとやっている。趣味であるから、何も言わない。ただアホだと思うのみ。
一時間練習するとすれば、50分は体操である。残りの10で歌えば、それで良し。
私は、歌の練習などしない。銭湯に行き、歌詞を覚えるために歌うのみ。後は、音取りで二三度歌う。練習すれば、いいというものではない。死ぬ程練習しても、成らないものは成らない。
もし言うならば、24時間歌を歌っているとでも言う。つまり、顔を洗う、ご飯を食べる、すべての所作が歌なのである。それを知らない人は、歌など歌えない。ピアノも然り。ピアノの前に座っていることが、練習ではない。ピアノを弾く姿勢を24時間保っていることが、真実である。これを理解する者は、幸いである。

2006年11月14日

藤岡宣男の死因

大きな嫉妬、やっかみ、その優雅な佇まいに対する怒りに似た羨望の想念の塊。そして私との仲を裂き、藤岡を我が物にしようとする魔界系人間の想念体が、塊になって、襲っていた。
この次元では、転落死、事故死となった。
しかし、目に見えない世界では、上記のような状態であった。藤岡の手帳に、そんなものに負けないと書かれてある。
人は、人の思い、念いに殺される。いかにそれらを受けずに生きるかということが、大変なことである。芸能人は、鈍感が一番である所以である。
感受性が強ければ、それらを、もろに受ける。
藤岡のみならず、それらは私にも影響を与えて、私も疲労困憊していたのである。
人の悪心を受けるということは、それも因縁であろう。否定しない。
芸術家は、自分との戦いの他に、これらの悪想念との戦いがある。
油断はしていなかった。しかし、私も藤岡も疲れていた。
だが、藤岡は、事故後、二時間で息を引き取った。その間、幽体でいた。息を引き取ると同時に、幽体を離れて肉体から開放された。悪想念を受けた体を捨てて、自由に、楽になった。
藤岡が霊体、つまり光になったとは、翌日、すぐに証明された。弟子の最も若い者に、光となって現れた。それを見たのが、その兄弟である。本人にではなく、第三者に、それを示して、冷静に判断させた。そして、もう一つは、同じく、ホームページの管理人と、その友人に光を見せた。そこでも、第三者を入れている。何と、友人の部屋に、美しい青い光を放した。
そんなことを信じない者に、冷静に判断させるというのは、藤岡が、やりそうなことである。
私は、息を引き取った顔を見て、その穏やかさに、安堵した。しかし、人の子である。泣き崩れた。私は、多次元の世界と、この世の次元の差に愕然としつつ、人として、泣いた。
感受性と、霊的感性が藤岡に災いした。しかし、多次元から見れば、その意味は違うだろう。この次元の価値観で考えればそうであるが、あちらから見れば、開放されたとみる。
馬場どもが、様々なことを言ったが、私は沈黙していた。
知らないことは、無いことだからである。この世の悲劇は、知らないことである。そして知らないことを知らないという、悲劇の上塗りをする。
知らずとも、在るものは在ることを知らない。それを、迷いとか、無明という。
多く人は、妄想の中にいる。それを裏付ける言葉の羅列がある。嘘八百の小説などが、それを象徴する。あたかもあるが如くに話を創作する。人も、人生を創作する。しかし、本当は、実態が無い。嘘の話を読んで感動するという、おめでたさである。
人生が何に支えられてあるか。それは、見えないものによってである。自分が決めているように思えることも、決めさせられていることを知らない。兎に角、意識とは、全意識の薄い膜である。感情も、実は、薄い膜である。人は、それをすべてだと思い込む。それを知る者は、幸いである。
人知で計り知れないことがある。しかし、それに挑む時、人は謙虚になる。
自分の知りえることが、風の前の塵に感じる者は、幸いである。
私は、この人生の迷いと、無明に戦いを挑んでいる。それが藤岡のあだ討ちなのである。お解りか、私は多次元を相手にしている。考えているレベルが違う。私の言葉に迷うな。私は、この世のものを相手にしていないのである。生身の人間は、私の相手にならない。
古神道の奥義は、ただ風が吹くということである。すべてが終わった後に風が吹く。この風の在り処こそ、テーマなのである。知る者は、知るがいい。

2006年11月16日

いのちについて

恐れ多くも畏くも勿体無いことであるが、いのちについて、古神道、霊学の立場から講義する。
命の大切さを云々というが、誰も「いのち」について知らないようである。
皆が言うのは、寿命のことを言う。いじめで自殺する子がいるが、いのちを粗末にしているのではない。いのちは、寸分も損なわれていない。
この世に生まれたという意識を損なっているのである。
いのちとは、息の霊と書くと解り易い。そのまま、いのちと読む。
息は天のもの、霊は地のもの、天地の交わりによるものが、いのちである。漢字で命と書くと、意味が違う。
天の霊と、地の霊が交わる。霊「ち」は地であり、血である。一人の人間が生きるということは、天地の奇跡である。
霊は、自然に存在するエネルギー体である。息の霊の、の、は交わりであり、のはのオという言霊であり音霊である。オは送る、贈るという意味である。お送りすると言う方がいい。
天の霊が地の霊に送る、交わりが、いのちである。
いのちの、言霊は、いイのオちイである。イという受け入れるという言霊と、オという送る言霊と音霊の意味がある。
つまり、いのちは、受け入れて送り、また受け入れるというとである。一人の人間の中で、天地の交わりが行われているのである。
イーオーイーの音霊の共鳴が、いのちである。
それは永遠である。いのちが永遠のものであるということ。一人の人間の内で、壮大な天地の交わりを行っている。
それが肉体を持って成すのが、この世の命、寿命である。生まれたくて生まれた。それを突然停止するのも自由である。しかし、自由に責任が伴う。自己責任である。主体は、すべて我である。一旦、停止させると、のオの音霊を阻害する。交わりの言霊である。それを回復するには、人それぞれの反省が必要になる。
この世の些細な物事に、いのちは、なんら損傷を受けない。幾億年の時を経て、いのちは在る。たったひとコマの、この人生をすべてだと思うことなかれ。生と死は、状態である。生が、この世で、死が、あの世であれば、死は、あの世に生まれる戻ることである。生は、あの世から見れば、旅立ちである。
もう一つ、奥義である。のオ、という音霊は、魂、たアまア、を言う。天地の霊は、タマによって交わるのである。魂とは、アの音霊のまま、ただただ開く、拓く、啓くを言う。アは歓喜の音霊であり、神を表す。神は、姿無く、沈黙である。宇宙に充満するエネルギーである。そのエネルギーは、歓喜なのである。すでに神の体内に生死を繰り返している存在がすべての生き物である。人が歓喜に生きる時、神と共感し、共鳴しているのである。
宗教的所作は、一切必要ではない。人知れず咲く花のように、ただ生きて咲いていればいいのだ。

子供たちよ、死ぬな。生きていればこその人生である。必ず、意味が解る日がくる。
死のうと思う、環境から離れよ。

2006年11月18日

断章

歌い手の救いは歌である。ピアノ弾きの救いはピアノである。
荷の重いものが救いに成るのである。
勿論、楽しい時は感じないが、気の重く感じられる時期もある。
そして芸人の救いは舞台である。練習を千回しても練習である。一回の舞台に敵わない。
舞台の無い芸人は無い。また舞台の無い芸人を芸人と言わない。
舞台があるということが、どんなに重大なことか。それを、失って始めて解る。アマが買ってでも舞台に出るのは、そういうことである。
それではプロは。
どんなに厳しい道だろうか。
芸人は舞台を用意してくれる人を待つ。それが救いである。
今、私は来年の舞台を今年の二倍にするべく動いている。何のためにか。藤岡宣男に報いるためである。彼に感謝する思いを行動している。ありがとうと言うことは誰でも言える。しかしそれを行うことは、至難の業である。
私の舞台で目覚める芸人の出現こそ、藤岡への恩返しであると思う。
無常迅速を超えてゆく。藤岡への道を真っ直ぐに進む。
死へと、いのちの限り向かってゆく。その時、いのちの尊さが現れればいい。生き抜いて死ぬから、いのちが尊いのである。

2006年11月20日

雑感

書きたいことが山ほどある時は、書かずに、曲のついた作詞を載せている。
ただ今、17の作詞に曲がついている。100程の詩がある。藤岡のオリジナル曲になるものであるった。来年には、25曲程度になると思う。
三人の作曲家に、それぞれの詩を渡している。
藤岡が歌うであろう曲を、私も歌っている。実は、童謡も60程度の詩があり、藤岡に歌ってもらおうと思っていた。今は、それも私が歌う。
今頃は、藤岡にアカペラで民謡を歌ってもらうはずだった。
そのための準備もしていた。
藤岡にやってもらいたかったことを、今、私は自分がやろうと思っている。
そしてこう思う。私一人のために、日が昇り月が照ると。すると浅はかな者は、この人は、地球が自分中心に回っていると思う、傲慢な者であると。だがそれは違う。私は、人の意識になれないということを言うのである。私の意識以外の意識を知らないということを言う。
今は、ここまで説明しないと解らない者が多い。
どこかのアホが、木村は、自分以外の方法のみで、他のものを否定すると言った。私は、360度の方法があることを知っている。文脈から、それを読み取れない者である。そういう者を、今は相手に出来ない程、私は忙しい。

2006年11月21日

居場所

この世に居場所を感じない人が、続々と死を選んでいる。優しい人、感じやすい人は居場所がないようである。いつも、心に壁を作り、住まいにまでも高い壁を作る人は生きる。
社会に飼いならされた人は生きられる。
感動する道筋が作られたものを見て感動するというお粗末さに気づかない。
開かれたコンサートより、排他的なコンサートに少数の人が集い、感動する。
自分の心をあぶり出されるような場所には近づかない。
本当の自分と現実の自分の乖離が激しいことに気づかない。
格差社会は、心の格差のことであろう。無関心という病に陥って久しい。
隣の芝生は美しい時代が去って、隣の芝生には関心が無い時代である。
情報過多であるのに情報が救いにならない。
兎に角、居場所が無いという状態を憂う。
居場所は空間のことではない。心的状態のことである。心に居場所を持つことを教える先生がいない。まだまだ続く・・・

2006年11月23日

観念まみれ

藤岡が枕元に立つというアホな女も、一年を過ぎると、そんなことは言わない。自分が特別、藤岡に思いをかけられたという気持ちは、解らないでもないが、私は幽霊の専門家である。幽体を藤岡は、二時間ほどで捨てた。よって幽霊として立つことはない。
事故死であるから、変死と云うアホも、今は言わない。事故死が不幸なことでもない。布団の上で死ぬのが一番であるなどとは、観念である。人は、野垂れ死にするのが理想である。
肉体に捕らわれると、死後は、とんでもないことになる。それを説明する気力はない。
経験は観念を生む。経験が多ければ観念まみれになる。それでいい。経験の少ない人の、限られた観念には辟易する。
私の言いたいことが理解できれば幸いである。
目に見えないものは無いと考える人は、自分が見てないものは無いと考える。愚かである。
見えていないものは山ほどある。しかしそれを説得しない。死後の世界も、説得しない。死ねば解ることだ。
勿論、死んでも死んだことに気づかない者もいる。それが幽霊になって立つ。交通事故の多い場所に幽霊が立つはずである。その幽霊に引かれて事故を起こす者もいる。
観念まみれになることは良いことだと云った。それは観念は、いつか突き崩されるからだ。突き崩される観念を多く持つ者は幸いである。
死によって潜在意識が開かれて、見回す世界が広がるとよく解る。
観念の少ない人は、死後も、その観念を捨てないことが多い。そして幽霊となる。
アホは死んでもアホである。
死んだことを説得することほど、疲れることはない。
そこで私の観念である。死者を粗末にすることなかれ。死者は生者より自由である。太陽のニュートリノと同じで、岩をも突き通す。神出鬼没である。
陰陽師が流行ったが、あれは死者というより、レベルの低い霊もどきを使用して、何事かを成したもので、今も陰陽師などという者は、時代錯誤も甚だしい。
藤岡は、死後奇跡を、目に見える奇跡を起こさない。目に見えない奇跡を起こす。高い次元にあることが解る。勿論、私の観念である。
哲学者で観念という言葉を使う者に、観念の真実は解らないはずである。次元の違う世界から見て、観念の所在が解るというものである。
解らないことは何かと問う姿勢が、人生の救いになる。それが解れば幸いである。

2006年11月24日

明日は

藤岡宣男「神上がり」425日祭である。
去る者は日々に疎し、と言われる。噂も話題も遠のき、何事もなかったのかのように、その存在が忘れ去られる。それでいい。
古神道の奥義は「ただ風か吹くのみ」である。
人が死んで50年も経つと、忘れ去られる。誰も知る者はいない。
さて言う。人生は虚仮であると看破するものの見方がある。虚仮とは、虚である。
「夢と起き夢と消えぬる人の世や浪花のことは夢のまた夢」秀吉の時世の句である。
無意識下で、人は、この世が虚、つまり現象の世であることを知っている。実相の世界ではないと。脳の2パーセント程度を使用し、三割程度の顕在意識で生きる。それをすべてであると勘違いする人。知りえることが虚仮であると知らない。
生きるとは、暗い夜道を歩いているようなものである。
死者は確実である。此の世にあった欲望等々から開放されて、自由を得る。そして360度という全方位を見渡せる。
生前行ったすべてのことに因果の跡を観る。
藤岡の思念を受けて指導されている者が、どこの文献のどのあたりに、それが書かれてあると教えられて調べて、驚いたと言う。その通りであったと。不思議であろうか。
何の不思議は無い。宗教の開祖は、霊界の情報を得て教えを宣べる。その霊界のレベルにより、その教えも多く不完全であることが多いが・・・
さて、死後の世界を信じない者も、墓石に拘るという愚かしさを眺めつつ、私は、藤岡の425日を思う。425日は、私の問題である。
その間、一日、一枚の原稿を書いても、425枚を書けるのである。
問題はそれである。それは10200時間である。私が何を成したか。問題は、それである。
時間も虚仮であることを知って、私は仇討ちをしている。虚仮に対する仇討ちである。
生身の人間は、私の相手にならない。私は、この世の虚仮に立ち向かう。それでよし。

2006年11月26日

12月は、藤岡誕生42年である。私の暦に、それが加わった。
来年は西暦2007年である。そして紀元2667年である。紀元とは日本暦、天皇暦である。紀元前660年とは、先史時代、石器時代、そして縄文文化時代と言われる。
世界には、無数の暦がある。ヨーロッパがまだ農民だった頃、イスラムの世界では、相当に進んだ文化を成していた。イスラム暦は、西暦の言われる前から、見事な暦を持っていた。ギリシャ思想も、イスラム圏を通して、ヨーロッパに入っている。
実に、イスラム文化は、ヨーロッパ文化の先駆けをした。複数才能がある天才も、当然に多数いた。レオナルド・ダ・ビンチが多数いたと思えばよい。
バリ島なども独自の暦を持っている。暦といっても、その価値観に相当の開きがある。
暦を考える時の一つに、自分の年もある。自分史である。
多くの価値観を知る時、様々な考え方があることを知る。昭和と平成と区切りをつけて考察できることも多い。元号により、実は何も意味が無いが、一つの区切りをつけられる。
私の中に、藤岡暦が出来て、それも私の時間軸の一つになった。藤岡暦で藤岡と共に生きているのである。
平成が始まった時、誰も平成19年のことを考えられなかったであろう。しかし、着実に平成19年がおとずれる。実は、一年先のことも、おぼつかないのである。明日をも、おぼつかない。予定を立てても実行されるとは限らない。予定が未定と言われるゆえんである。
何の面白くも無い人生を、暦を作って、予定を入れて、何とか人生に彩りを添えようとした先人たちの思いを、かみ締めるのである。要所要所にハレの日を入れて、かろうじて死ぬまでの暇つぶしをするという人間というものの哀れさを可愛いものと思うのである。

2006年11月28日

人生は思い出

豊かな思い出は、豊かな人生である。
愛しい人を亡くした人は、それを実感として知る。
生きるとは、思い出を作り続ける行為であると言う。それは虚である人生にあっても、色あせない。思い出は、心象風景だからだ。
すべては思い出に尽きる。
それは旅をしたとか、何か大事を言うのではない。日々の生活の中にこそある。
私は、藤岡との何でもない会話、藤岡の行動を思い出す。それが宝物になる。それは失われることなく、色あせることなくある。
長く生きれば思い出が多く豊かであるということもない。
質的充実感である。
豪華外国旅行をしても、何ら思い出にならない人もいる。
そして重大なことを言う。どんなに楽しい思い出も、痛みを伴うということである。この意味が解る人は、幸いである。
二度と繰り返せない人生を生きているということ自体に痛みがある。別の言葉で言えば、苦である。仏陀が言う。私は、痛みと言う。日本の伝統では「あわれ」と言う。
月をこそ眺めなれしか星の世の深きあわれを今宵知りぬる
建礼門院右京太夫の歌である。
いつもは月を眺めて歌にしていたが、今宵の星空は、一体なんであろ。この星空に、深いあわれを思うのである。
愛しい人を亡くした人がたどり着いた、境地である。
あわれは、哀れであり、憐れであり、慈悲である。優しさと、悲しさを通り越した心象風景。
確実なもの、それは心にある。
こオこオろオ、すべてオという母音に行き着く。オとは、送る、贈る、御送りする、お贈りするのである。神の降臨を願い、そしてお帰りいただく時に、オーとしてお送りした。
縄文期から列島の民族は、一音を、そうして扱っていた。言霊である。
これ以上の説明を避ける。
生きる痛みの知らない人には、決して理解できないことである。
私は、遥かに、はろばろと思い出を持って生きる。はろばろの意味は、音霊を知れば、すぐに解る。日本語には擬態語が多いというが、意味があるから多いのであり、語呂の問題ではない。知らないことを無いことと考える人には、解らないことである。

2007年02月02日

節分から始まる

陰暦では、新しい年が節分から始まるが、実は、節分とは、毎月ある。
太陽暦とはズレる。陰暦は、月の動きを主にするもの。
東洋の運気は、この節分から始まる。よって、一月は、昨年のまとめの月と考える。
私は、実践占歴、25年なる。
多くの人の運勢を見てきた。人生の、様々な問題や悩みに出会い、私は、それにより、人間教育をさせられた。
食って寝ることから、男女の関係、果ては、嫁と姑の関係から、殺人者までの相談を受けた。今も、それは続いている。
子供の命名も300以上を越える。
私は、占いを一つの情報として扱う。そして、占いを信じてない。占いは、利用するものであり、信じるものではないからである。
先人たちが、子孫に幸あれと残した、上質な情報であると考える。
そして占いも進化する。時代の価値観に合わせるようになる。ただし、人は、太古の昔と、大差ないということも解る。
生きている間は、幸せに生きたいと思う。そこで問題なのは、その人にとっての幸せとは何かである。
それは欲望の充実に尽きる。
仏典の理趣経典とは、欲望肯定のお経であるが、大層なことを言うが、仏典とは、人の書いたもの。仏法とは遠い。まあ、それにより、人の欲望を肯定して、安心を与えるゆえに、意味があるのだろう。
しかし、私は、仏典を屁理屈であると、断定する。
語れば、いいというものではない。
節分とは、節が変わる。実は、毎日、節が変わるのがいい。
毎日、節を変えて生きること、これに人生の趣がある。要するに、前を見て進む。過ぎ事は、忘れる。しかし、どうしても忘れられないものがある。そこに、私の人生のテーマが隠されてあると知る時、生きるとは、また趣があるものだと思うのである。

2007年02月06日

子供を生む機械

厚生労働大臣が言った。その前に、女と付く。
ただ今、それが侃々諤々の論争である。女性蔑視だと言うらしい。
今更の言葉に、私は絶句する。何が、女性蔑視だと・・・
厚労大臣を私は知らないし、誰がなろうが興味が無いが、言う。
機械という言葉に対しての蔑視であると。今時、機械と言う言葉を蔑視して、生活が成り立つか。アホ馬鹿である。
それに人間は完璧な機械である。
女が、子供を生む機械であるということが、何故女性蔑視なものか。
真っ当であろう。何も、天邪鬼を言うのではない。
女を蔑視するより、機械という言葉を蔑視する面々に、言葉もないということである。
日本人は、物に心が宿るという伝統を持つ。解るか・・・
野党は、それで国会審議をしないという仰天である。議員を辞めよ。あの小沢も、耄碌したのか、旧社会党の、役立たずの面々のアホたちのに、迎合しているのであろうか。それこそ、女子供の議論である。
私は言う。機械の無い生活をしてみてごらんと。今、機械を無くして、生活、あらゆる社会生活が成り立つか。
いや、繰り返すが、機械蔑視をしていいのか。
マスコミは、強い者の味方をする。本日の読売新聞夕刊に、何の意味もない写真を載せた。厚労大臣が、国会答弁する首相の後ろであくびをしている写真である。
これ、読者、国民への迎合である。落ちた犬を叩くという、卑劣なことを平気でする。
みんなで渡れば怖くないのであろう。アホ馬鹿間抜け、糞ったれである。
人間は完全完璧な機械であるということを言って、以下省略する。

捏造した関西テレビが、その時間帯の番組提供から下りたと言う。何故、潰れないのか不思議である。大枚な給与を貰って、ぬくぬくとして平然として、何も仕事らしいことをせずに、下請けに丸投げして、その番組が、大半捏造であったということを鑑みれば、潰れるのが当然であろう。社長は、勿論、切腹である。
兎に角、サラリーマン根性に汚染された日本の会社である。非国民の公務員と、なんら変わらない。
痛みを感じていないという仰天である。
江戸時代なら、お家断絶、身は切腹である。解るか・・・

そして最も、アホ馬鹿なのは、健康妄想の国民の一部である。
いまだに、健康とは何かということを明確に出来ないでいることを知らない。健康という状態は無い。ある訳が無い。生まれたということは、死ぬということである。生まれた瞬間から死に向かって生きている。それが健康である。死に向かって生きること、それが健康である。
通常、健康だと思う者に、碌な者はいない。健康に見えるスポーツ選手がいかに病んでいるかを知らない。

それから、ついでに言う。目には清かに見えねども、増税、増税、また増税をする政府である。北の国が、国会会期中に、是非とも、核弾頭をつけたノドンでもなんでも国会議事堂に打ち込むことを、心待ちにしている、今日この頃である。
大化の改新、明治維新のような革命が出来ないのであれば、外から、やってもらうしかない。
まだまだあるが、以下省略する。

2007年02月07日

評論について

ーーーは歌詞を大切にする。詩に感情を託し、自分の人生を投影させる。それが人々の心をとらえる。歌を聴いて、そっとハンカチを目にあてる人も多い。
ーーーの歌は一曲一曲が聞き手の心の琴線に響く。ひとつの言葉が奥深い部分に届く。涸れた泉に清らかな水がひと滴ずつ降り注ぐように、その歌声は人の心を潤していく。

音楽ジャーナリストが書く、あるテノール歌手の解説とも、賞賛ともつかない文章である。このーーーに誰の名前を入れてもいい。
要するに、評論の美辞麗句である。
私は、百人百様の表現や歌があって当然思う。それを前提に言う。
詩に感情を託すのは、アマのことである。人生を投影したなら、それは実にみっともない。プロは冷静である。聞き手の琴線に響くのは、聞き手の問題である。
聞き手は、勝手に感動する。特に、日本人は、歌い手の苦悩や苦心惨憺を好み、演歌嫌いなクラシックファンというものも、実に、演歌のような苦労話を好むのである。

あのピアノ弾きのおばさんなど、苦労話がなければ、あれほど人は聴くまい。
コーヒーのコマーシャルで有名になったテノール歌手などは、歌心も感じないのは、私の感性のせいかと思いきや、やはり単なる、声出しをしているような歌である。それは、藤岡をプロデュースして解った。それ以前は、変なの、と思っていた。声楽家の歌に感動などしなかった。もし、感動をしても、ハンカチで目を拭くことはない。感動するということは、涙を流さないのである。涙を流すということは、その歌い手の苦心惨憺の人生に、よく言えば共感しているだけである。歌自体に、感動するのではない。

歌は上手でも、駄目である。舞台とは非日常である。プロは、歌の持つ力のみで勝負する。その人格のすべてをかけても、歌の持つ力のみで、聴かせるというのがプロである。つまり、冷静な計算と、冷静な計画である。
ブレスさえも計算され、何度歌おうが、一度もそれを変更せず、その声質を縦横無尽に生かし尽くす。
踊りの名手は、感情を客に見せない。舞そのものに見入らせる。勿論、心の不調も見せない。プロたるゆえんである。
芸術は、その人の過去など、ふっ飛ばす。つまるところ、芸術表現とは、その人格と別物になるほど、厳しいものである。

私は知っている。リハーサルより本番の歌の方が、見事に聴かせた藤岡の歌を。多くは、リハーサルの方が勝つ。それは心のあり方であるからだ。
本番と言う極度の緊張感を芸に高めるのがプロである。多くは、緊張に負ける。
上記のような、評論、美辞麗句を書く程度で、音楽関係の物書きをしている様を哀れと思う。
感動も百人百様であるから、これ以上は言わないが、感動しなければ駄目だと思わせるような歌い手は、アマの最もたるものである。
あるピアノ弾きは、いつも不調であり、それが逃げ道となっていた。いつも、不調が理由になる。ピアノ弾きなど止めた方が身のためだと思うが、本人は、町のピアノの先生だけでは満足しない。野心がある。しかし、いつも不調では、プロにはなれないし、ならない。

さて言う。感動は、言葉を必要としない。涙も無い。
感動は、感動のみである。要するに、絶句するしかない。
ある首相が、感動した、と一言言った。それ以外の言葉が出るのは、邪心がある。
至極の芸を見た後は、言葉が出ない。出るのは、甘い。
奇跡を目の当たりにした者に、言葉は無い。
至芸を見た者は、ただ一人、独りになるのである。そして、じっと孤独を見つめる。
芸術の凄まじさは、孤独の世界に佇ませる。己の孤独の深みに突き落とされる。
それに耐えられずに、言葉を発するのは、実に軽薄であろう。

サービスして言う。感動など、屁のようなものである。
芸の極みは「もののあわれ」に突き落として、足腰立たなくするほどの威力がある。
生まれてきたことに、無上の喜びを感じて、生んでくれた親に真こそ感謝することになる。以下省略。

2007年02月15日

品格について

国家の品格を言うが、個人の品格を言わない。
それでは、全く意味を成さない。国家は、個人によって成り立つのである。
今回、悲しいことだが、個人の品格について教えられる事故があった。
東京板橋区の東武東上線ときわ台駅で、線路に入った女性を保護しようとして、電車にはねられ、重体となり、惜しくも12日に死亡された、常盤台交番の宮本邦彦巡査部長である。53歳の若さであった。
私は、死亡されたというより、お隠れになったと言いたい。
肉体を失っただけで、その意思は生き続けるからだ。日本の伝統的、言い方である。
さて、個人の品格とは、何か。

宮本さんのような、職務に真っ当な方のことである。
それ以外に無い。
職務とは、生き方である。
あらゆる職業の人が、職務に真っ当になること、これである。
品格を持つ、得るためには、それしか方法が無い。

それでは、真っ当とは、何か。
昔の言葉で言えば、お天道様に顔向けが出来る生き方である。
お天道様を避けるような生き方ではない。
お天道様とは、太陽である。大和民族、日本人は、太陽を拝して、天照大神とお呼びしてきた。神の化身である太陽に背かない生き方である。
世間といわれる世の中ではない。太陽に向かって堂々と生きられる生き方である。

さて言う。世の中というものを見て生きると、そこには、様々な目論みがあり、様々な誘惑がある。一々礼を上げずともよいが、耐震偽装から、不二家の不祥事から、保険会社の未払いから、公務員、政治家の公金横領から、まだまだある。これ皆、個人の品格の無いことを言う。
皆々、お天道様を見ず、世間のみを見ているからである。世間の目を誤魔化すのてある。
テレビの捏造番組も、職務に真っ当でない者がする。
皆々、個人のことである。これらが集って、国家の品格など生まれるはずもない。
一人一人に、品格を求める生き方があればこその、国家に至る。

国家とは、共同幻想である。しかし、その共同幻想を支える個人の品格が、幻想ではないから、共同幻想としての国家の存在が確固としたものに成る。

宮本さんには、奥様と息子さんがおられた。家長を失った思いを思うと、心痛の極みである。人の思いを思う。残された者は、その悲しみを生きる、生きなければならない。辛く苦しい明日である。明日が辛いと思うことほど、この世に辛いものはない。
今、辛くても、明日は、明るいと信じられるから生きられる。しかし、明日が辛いと思えば、生きるという意味意識を、どのように養うか。これ、個人の品格の問題である。
私は、藤岡を亡くして、一週間で10キロ痩せた。信じられないのである。痩せたくて、色々試しても痩せなかったものがと、絶句した。

宮本さんの、ご家族の心境を察して、私は、絶句する。
言葉を発することができない。
ただただ、お祈り申し上げる次第である。

2007年02月16日

腹の立つこと・・・

こんなに腹の立つことは無い。
六カ国協議、合意である。
核放棄二段階支援だという。
北朝鮮が、60日以内に核施設を閉鎖封印し、国際原子力機関要員による監視を受け入れれば、他国は年間5万トンの重油を提供する。そして、施設を解体、不能化すれば、重油を95万トン追加支援するという。それが合意である。勿論、日本は、拉致進展しなければ、支援はしない。当然である。

それにしてもである。北朝鮮が、譲歩しての合意だという。
呆れる。
あの国が、何をしてきたのか・・・面倒なので言わない。
それを、棚上げしての、支援である。
重油100万トンは、市場価格にすると、約360億円である。
核を放棄してよかったではないだろう、アホが。
いくら支援しても、あの国の多くの国民は、幸せになるどころか、餓死して死ぬのである。
ほんの一部の者たちが、いい思いをする、それだけである。
叩き潰すより、その方がマシなのか。中国やロシアが、共産を奉じる国ゆえ、同胞としてみなしているのか、実に馬鹿馬鹿しい。

私が願うことは、あの国の多くの国民のことである。
飢えて死ぬほど、辛いことが、あろうか。
良い草案だとアメリカが言い、おおむね良い草案だと、日本も言う。
これで、あの国の国民の幸せが、遠のいたと私は嘆く。
上層部は、腹いっぱいに食い、のうのうとして、安泰であるという傲慢である。国民は、捨てられて、国を、祖国を捨てることを考える。そんな悲しみがあろうか。

あの国を救うためには、国際社会に引き出して、話し合いでなどと言う者を信じない。そんなことが出来るわけが無い。
偽ドルを国家が作り、麻薬を密売する国である。
どうして裁かないのか。
世界に正義があるならば、是非とも、独裁政権を倒して欲しいと願う。
何度もエッセイで書いたが言う。
あの国の上空には、飢えや意味無く死んだ者の霊が、かたまりとなって、漂う。誰も、次元移動出来ないでいる。つまり、霊界に入らないでいる。怨念を持ち、怨霊となっている。それらが天変地異を起こし、ただ今の国のあり方を崩壊させようとしている。
しかし、魔界の力強く、怨霊になっても、願い叶わぬのである。

アメリカも、イラクのように攻撃しない。金にならないからだ。簡単なカラクリである。
あの国には、何も無い。ただ、核を持つことが脅威であるという、それのみ。
これからも、あの国は、これに味をしめて、少ない投資で、多くの支援を取り付けるだろう。許せない。また、許してはならない。
霊的には、インド魔界の、政治的には、共産主義の冷酷無比の思想がある。

今回、日本が支援に加わらないということ、それが救いである。支援する度に、あの国の、単なる国民が塗炭の苦しみに遭う。
何が国際社会だ。笑わせる。
アフガンやイラクなら、まだボランティア行為等々が出来るが、あの国は、それも出来ないのである。
食料支援が、どうなっているのか・・・
あまりに腹が立つので、この辺で、止める。

2007年02月20日

タレント知事

タレントが知事になると、それをマスコミが取材して、たいそう政治が身近に感じられるようになる。もはや、政治のプロなどより、素人であった者が、政治の世界に登場すると、もっと、政治が良く見えるようになるのであろう。
政治という、得体の知れない者が、良く見えるということは、国民の長年の願いであった。
タレント議員が、皆良いということではない。しかし、政治を身近にするということでは、実に良い。ただし、長野県のように、逆戻りするケースもあるということである。
解りやすく語る政治が、今、最も望まれている。

ある政党の、政治講演会に行った。満席であるが、驚いたのは、若者の姿が全くといって無い。皆々、熟年と高齢者である。いや、中には、一人二人といたのかもしれないが、それらが見えぬ程、高齢者が多い。
熟年から高齢者は、政治の問題が、即生活に関わるからだろう。

今、政治家になっている者は、若い頃から、政治に感心を持ち、何らかの運動をしていた人が多い。特に、50代60代の年齢である。しかし、その多くは、与党であった自民党打倒に力を向けた。そして、日本の歴史を知らない者が多い。
歴史を知らないというのは、正しく知らないということである。

この年代は、反日日本人、多くは、日教組に代表される教育を受けたのであるから、歴史を知るはずがない。
旧社会党、共産党等々、ほとんどが正しく歴史を知らない。知ろうとしなかった。つまり、その前に、観念が先にあったからである。虚心に歴史を学ぶことが出来なかった者たちであり、勿論、今も続いている。共産や社会主義というものが、いかに愚かしいものであるかを、知らないのであるから、話にならない。古代社会が、原始共産の形であったという者にも解らない。

人間の社会は、どんなに原始的であろうが、権威というものを有していた。それを知らない。権威という言葉が嫌なら、自然崇拝である。自然が、権威であることを知らないのである。
人間は、すべからく、自然から、すべてのことを学んだということを知らない。文字から学ぶものは、知れているのである。

彼らは、桃源郷を、日本以外にあると信じた者たちの歴史観を学んだのである。
事実さえも、観念により、解釈するという仰天を成した。
私は言う。彼らは、滅びるのである。
それは、私が許さないのではなく、祖先が許さないのである。勿論、それさえも、理解出来ないであろう。日本人は、祖先に続く者であるということが、日本人の日本人たる所以であり、人間を超越したものや、思想等々に、続く者ではない。

さて、政治である。素人が、政治の舞台に出なければならなくなった時代であることを、認めなければならない。
政治のプロは、もはや、政治を遂行することが出来なくなったのである。
これは、進化したのである。
つまり、既成の政治が、終わったことを告げる。

55年体制が崩れた時、驚きを持って、云々していたが、そんなものではない。
180度の、転換である。
私は言う。本当に、日本のことを考えるならば、全員が、与党になることである。
政策実現は、与党になった方が、やりやすいのである。何故、与党にならないのか、不思議でしょうがない。
お解りであろうか、私の言うことを。
与党、野党策略は、誰のせいであろう。
万年野党の社会党が政党として活動できたということを、おかしいと思うものがいなかったのが、不思議でしょうがない。
つまり、政治家になれば、食っていけるということである。

2007年02月22日

法の裁きより怖いもの

法の裁きより怖いもの

法の裁きより怖いものについて言う。
神奈川県で、障害者になりすまして、不正に運転免許を取り、口座を開設し、預金通帳を騙し取ったり、消費者金融から、金を借りていた者が数名逮捕された。まだ仲間がいるという。
もう一つは、聴覚障害者に手話を使い、老後の生活資金を騙し取った東京の福祉関連会社の社長以下社員を逮捕したいという。総額、22億円を騙し取ったというものである。
弱者を狙っての犯行は、仁義にも人道にも許せないのである。
逮捕された、そして裁かれるだけでは済まないことを言う。
まず、彼らの後ろにいる守護霊、及び彼らを支援しようとする背後霊が、後退する。勿論、すでに後退して、悪霊が取り憑いているのであろうが、兎も角、善なる霊は、縁しなくなる。これほど、恐ろしいことはない。知らないというのは、本当に、哀れなものである。
手話の被害者は、250名であるという。つまり、被害者の後ろの霊も、まとまって彼らを襲うということである。
誰も、助けることは出来ない。自業自得、因果応報が、霊界の法則である。
人生台無しどころの騒ぎではない。
多く、その親類縁者にも及ぶ。

先祖供養などしても、何の役にも立たない。
先祖供養をするという宗派を見よ。皆々、贅沢な暮らしをして、大半が信者という弱者を食い物にしている。皆々、魔界に縁する者なり。
彼らは、一体、いつからの先祖を供養せよと言うのか、いつも疑問に思っている。30代も先祖を辿ると、一億人ほどになり、その先にゆくと、人類の祖先である、アフリカまでゆくことになる。だから、私は、先祖供養を笑う。

さて、法によって裁かれることよりも、霊界の掟によって、裁かれると、後が無い。つまり、この世の法律では、懲役何年から、死刑まであるが、そんな程度で、許されないこと多々あり。
時間の無い空間に漂う身になると思えばよい。いやいや、そんなことは、想像ではきないだろう。永遠に、閉じ込められると思えばよい。どこにか。ある所である。これ以上は言わない。
さて言う。
弱者を食い物にする者のことを言った。
上の事件は、一例である。
弱者を食い物にするのは、国会議員から、官僚、つまり公務員、地方公務員までいる。まだまだいるが、省略する。
彼らには、自覚がない。
これが最も怖いのである。
ただ今、二世、三世議員が多い。これからも、それらの家系の者が政治家になるかと言えば違う。
よく見ていると、よい。必ず、弱者を食い物にしていた家系の子孫は、転落する。目には清かに見えねど、転落してゆく。その子孫は、生きるに呻吟し、己は、時間の無い空間に捨て置かれる。
誰も、助けることは出来ない。
供養など、何の役にも立たない。

供養をして、安心、安住するというのは、単に、その方法の宗派に縁する、霊界に近い、この世と、あの世の隙間にある世界に行くということであり、この世に幽霊で立たないということである。そういう意味での、供養である。
自分の成したことの責任は、自分で取るのが、霊界の理である。

悪行をする者は、実は、すでに裁かれているのである。
故に、そのような行動をする。つまり、そのようにしか生きられないが故に、法律に裁かれ、そして、霊界の掟に裁かれる。
誰の因縁か。
己の因縁である。
哀れである。
しかし、その行為の手前で、気づくこと、多々あり。最後の救いの手が差し伸べられる。それで、罪を犯さなくてもいいのである。
世の中に知られないと思っていても、それは無い行為とはならない。己自身が見ている。それを昔の人は、神様や仏様の目だと言ったが、違う。己だけは、誤魔化せない。
私の言いたいことは、すべて己の中にある事だと言うのである。
弱者を騙す己を己が見ているのである。
己の目は、神の目である。
この意味が解れば幸いである。

追伸。
一人の人間には、膨大な霊が関わっている。何が憑いていますというのは、気休めに過ぎない。
また、守護霊とは、実に霊格が高い故に、簡単に姿を現すことが無い。
勿論、守護神は、一生の間に現れることの無い人の方が多い。
霊能者に注意せよ。
彼らが見えている霊界は、霊界のほんの一部である。そしてその大半が、迷える霊の世界である。彼らが見えるのは、彼らのレベルである。要するに、彼らの人間性を見れば、彼らの見ている霊界の段階が解る。
人間性と言うのは、実に素晴らしく、霊界に通ずるのである。
いかに人間性が重大なことか。
霊界も人間性が第一となる。当然であろう。霊界も、この世に生きていた者が住むのであるから。


政治団体のチラシ

統一地方選挙があるからか、政党のチラシが入ってくる。
ある政党団体のチラシを読んだ。良い政策が書かれてある。地方の行政に関するものは、納得した。
区議は、この政党の候補者に投票してもいいと思った。
しかし、一つだけ、問題を感じた。
「愛国心」など国家主義の強制を危惧とある。
教育基本法改正の、第二条「教育の目標」にある、愛国心を養うことが盛り込まれたということである。これは、国民に強制する道を開くものだとある。
続けて、学校の現場で、強制と処分が行われているという。今回の改正で、教育に「心」に踏み込んだ強制が行われることを危惧するという。
「日本全般に見られる学力やモラルの低下、家庭や地域での教育力の衰退などは、教育基本法で解決されるものではないという。むしろ教育改革の名のもので、憲法で保障されている「教育の機会均等」がなし崩しにされ、格差の拡がりと子供たちの平等に学ぶ権利が奪われ、教育現場は混乱に陥ると思われます。」と書かれてある。

このように解釈するのは、簡単である。また、そのような解釈をするのかという驚きである。教育に「心」に踏み込んだ強制という言葉は、おかしい。今まで「心」に踏み込まないから、おかしくなったのであろう。自由と平等の思想が、正しく施行されなかったゆえであろう。
そして、驚きは、愛国心を養うことが、国民に強制の道を開くという。
国民はともかく、学校教育の場で、愛国心を教えることは、当然過ぎるほど、当然であり、学校という場は、公の場であるということを、忘れている。
そして、強制という言葉を、教育に関しては、誤っている。
教育とは、強制である。
強制以外の何物でもない。こういう言葉が嫌なら、柔らかな強制と言う。
教育することは、すなわち強制が伴うと何故理解できないのか。
愛国心を教えないで、どうする。学校という場所、つまり「公」の場所だからこそ、愛国心を教えられる、理想的にである。
それはまた、日本のみならず、国際人としても、実に必要なことである。

学校の現場で、強制と処分が、行われているということは、国歌斉唱と国旗掲揚であろう。
解りやすく、極端に言う。
イスラムの国で、アラーの神、及びマホメットに対する不敬があれば、外国人でも殺される。私は、多くの国に出たが、その国の国民、市民が大切にするもの、国王をはじめとして、その国の国旗に対しては、敬意を払う。他国に旅すると、それは常識以前の常識である。
子供に、公の場所での、作法を教えないでの、教育とは何か。
「心」に踏み込むとは、どういうことか。それを自由と平等、権利だと言うならば、日本人としての、責務があろう。
もし、海外で事件や事故がある場合は、私たち日本人は、日本国籍のある者として、扱われる。そして、日本が責任を持つ。
「心」踏み込むというならば言う。
「心」というものを示して見よ。私の前に、その「心」というものを見せて欲しい。
この政治家たちは、精神も、心も、魂も、明確に出来ないはずである。
それらを、ごちゃまぜにして、ものを考えているはずである。
こころ、とは、大和言葉で、こオこオろオ、である。
端的に言う。
心とは、息遣いである。息が心である。
心乱れれば、息が乱れる。
心の教育を言うが、誰一人、息を整えることを教えられない者に、心のことを言う権利は無い。心の在り処を知らないのである。
オの音霊は、送ることであり、息を送る、息を出すことである。息は出せば、吸わなければいけない。そこで、息遣いが生まれる。心とは、そういう状態を言う。
どうしても、そう言いたいならば、精神と言うべきである。精神は、言葉の世界であるからだ。

よく聞くがいい。
愛国心は、教えられて成るものである。これ教育の骨頂であろう。
国家主義を恐れるということは、潜在的に、本人が、国家主義というものを持つからである。国家主義とは、全体主義に似たものを言うのであろう。
つまり、国家によって、個人の自由と、人間の平等が損なわれると考えるのであろう。
強迫観念であり、妄想である。または、自分が国家元首になった暁には、そのように行為するということであろう。
今、現在の日本で、国家主義、全体主義に似た状況が出るかといえば、全く考えられないのである。言えば、大企業主義である。
しかし、政治家だれもが、大企業主義を崩壊出来ないでいる。そうなれば、日本は世界から孤立するからである。よって、多くの中小企業が、それらの犠牲となり、今の経済状態を生み出している。

さて言う。こうした矛盾の中に、世界というものがある。
政治家とは、何か。
素晴らしい政策を上げるが、一番大切なものの考え方を知らない。
政治を語るならば、まず、言葉を知るべきである。
そして、日本人ならば、大和言葉の在り処を知るべきである。
辞世の句を読むことが出来ないような、政治家は、お勉強をし直すべきである。
我が身を捨てて、地域のため、県や市町のため、国のために生きられることが出来なければ、政治は止めた方がいい。
愛国心の無い者が、日本の政治家になれるか。
愛国心を漢語で読むから、解らなくなる。これを、大和言葉で言う。
みくにを、いつくしむ、こころ、である。それは、おおいなる、やわらぎの、こころ、つまり、大和魂から成るものである。

2007年02月24日

藤岡の遺品から

今もって、私は藤岡の整理をしている。
その中から、日本歌曲コンクールの票が出てきた。そして、ある審査員の寸評があった。
驚いた。
そこに書かれていることである。
アカペラで歌う、うぐひす、という曲についてのもので、こうある。
「うぐひす 節回しにもう少し和風の特徴を出した丁寧さを」
これが、あのコンクールの審査員の一人であったかという思い。
節回し、和風、特徴、丁寧さ
この人は、この言葉の意味を知っているのかと思った。
藤岡のアカペラから、一体何を聴いたのであろうかという思いである。
この素人の私でさえ、よく聴いた。よくよく聴いた。
節回しという言葉に関しては、もう論外であるから言わないでおく。
和風という言葉である。藤岡の歌に和風が溢れていた。それを聞き取れないということである。あれ以上に和風とは、どういうことであろうか。
私の前に出て、和風を説明して欲しいものである。和風とは、和ものの風である。そして和ものの風という時は、そのようにある、と言うことである。つまり、和のようにあるということである。
あの藤岡の日本語の語感に和のもののようにあれとは、何事であるのか。
審査員の資格が無い。
そして特徴である。特徴とは、何か。
この人は、和風の特徴をと言う。和風の特徴を知らないものが何を言う。
和風といえば、和のようなものであり、この人は、和風の和風はと言う。または、特徴の特徴と言っているのである。
審査員の資格が無い。
そして、丁寧さである。
あれほど、丁寧に歌っている歌が、あろうか。
こうして審査員は、見事に、化けの皮を剥がしたものである。

もし、万が一書くとしたなら、和風の丁寧さを、である。
しかし、藤岡の歌には、和風の丁寧さも超えていた。
これは自分が日本人だと奢っているのである。聞くところによると、その審査員は、フランス歌曲の大家なるそうな。それも、カタカナフランス語であるというから、驚く。
あれを外国人に聴かせてみるがいい。
純粋、大和言葉の日本語を藤岡は、歌っていた。

まず、日本の歌を歌うということは、日本語に聞こえるということが第一である。
それをクリアした後は、語感である。
日本語の語感は、母音の響きにある。
だから、多くの日本の伝統歌は、皆、母音を伸ばして、母音の余韻、その響きを聴かせる。
民謡を始め、常磐津、清元、長歌、大和楽、地唄、小唄等々。
日本語には聴こえるが、キンキンとして、耳障りの悪いソプラノがいるが、情感、情緒というものが感じられない。ただ、大声が響くので、人は注目する。また、声楽家の日本の歌を評価する、何物も持たない故に、良いものだと思い込む。
中には、柔らかな母音の響きを聴かせるソプラノがいるが、稀である。
その他は、皆、論外、である。
カラオケを歌う素人の方が、上手である。

藤岡の声は、生まれ持った声質であるが、藤岡が、私の納得する母音の響きを持ったのは、大変な努力と、根気があった。その方法については、今は、言わない。
兎に角、審査員になれない者どもが、何人集っても詮無いことである。
あのコンクールで一位になっても、世の中の誰にも知られない。ただ、井の中の蛙のように、狭い世界で、納得しているという、アホ面の者どもばかりである。
これを、哀れという、もののあわれではない。愚かしい者の、哀れである。
そして、それに気づかないという哀れである。
気づかないままに死んでしまうのである。ますます、哀れである。そして、霊界にも行けずに、その辺をうろうろするのも、ますます哀れである。芸大などに行くと、その幽霊もどきが、浮遊しているから、たまらない。
勿論、私は、もう行く気は無いが。

2007年02月25日

515日祭に

ひ、ふ、み、よ、と
かぞえてはまた
いくたびも
悲しみつつも
あの日を思う
一日たりとも藤岡を思い出さないことはない。
それが、楽しみにつけ、喜びにつけ、悲しみにつけて、である。旨い物を食べて思い出す時ほど、苦しくなることはない。
物を食べる時、安心して食べる時、無心の幸せを感じる。私は、その藤岡の姿を思い出すのである。
また、突然、あの事故の日を思い出す。
これは、私が死ぬまで続くであろう。
忘れた振りをして生きることなど、出来ない。だから、それでよい。
比喩で言う。
一つの病を持つ人は、完全健康だと思う人よりも、体に対する意識が違う。ささいな変化にも、体の声を聞く。
私の生活が、藤岡の死によって、そういうものになった。
普段は忘れること、味わうべきことを忘れること、感じ取ることを忘れることがない。
藤岡の死が、私の人生を益々と深めている。
太陽を仰げば、太陽に、雨が降れば雨に、風吹けば風に。それは、すべて私から発するものである。決して、外から入ってくるようなものではない。私のうちで生まれるもの。

この世で、何が人をして考えさせるかといえば、それは人の死である。
西行の出家の原因を、多くの研究家、嘘つきの作家、迷える作家等々が、恋をしてはいけない身分の方に恋をした、叶わぬ恋のゆえの出家だというと、私は笑う。前日まで一緒だった、同僚の翌日の突然の死によるのである。
ふざけたる者も襟を正すもの、それが死であるとは、夏目漱石である。
人の死に鈍感な者は、実に救いようがないのである。
九割の女性は、夫に先立たれると、次第に元気になるという。その逆は、妻に先立たれた夫の、九割が早死にするという。
男と女の違いが、見て取れる。良い悪いの問題ではない。
死というものの、影響力を言う。

さてさて、去るものは日々に疎しと言う。
それも、ありである。
死んだ者は、忘れ去られる。それも、よしである。
しかし、私は、忘れない。
私は、人よりも、多くの人の死に遭ってきた。今は言わない。
それ以後、生死を考え続けて、40年を経た。哲学も宗教も、心霊学、霊学も、もっと言えば、霊的なことも、多く知り、その所作も身に付けた。しかし、それが一体何であるのかと言えば、虚仮である。
霊界はある、霊はあると私は言うが、私は、そんなものを、実は何とも、思わない。
私には、大嘘つきの妄想の仏教の様々な教え、仏になる、阿弥陀の本願に救われるだの、題目により云々も、虚仮である。キリスト教の神の恩寵、救いも虚仮である。
いまさら何を言う。
皆、付け焼刃の、100年を満たない人生を、うつらうつらと誤魔化して、安心という妄想にあることを知っている。死ぬまでの暇つぶしを、精々励むことである。
私には、それらは、喧しいのである。「言さえぐ」のである。

犬の世界を理解できないように、人間は人間の世界しか、理解出来ない。それ以上も、それ以下の世界も理解できない。
例えば、人間を超えたものの存在を理解し得るだろうか。また、それをこの人間の言葉で語れるだろうか。嘘であろう。
語れば語るほど、嘘になると、何故知らないのか。
溢れるほどに語る哲学、思想、そして大嘘つきの宗教の教義を、私は笑う。
だから、私は、多くを語らないという、日本の伝統である「言挙げせず」を潔しとする。
もし、万が一、真理というものがあったとしても、語れるものだろうか。
語ること、それに嘘がある。つまり、語れば、それは嘘なのである。

言葉の発生を考えて、私は沈黙する。
そして、天地万物が沈黙する如くに、私は、沈黙するものだけを、観る。
言葉を発しない、風に身を任せて、私も風になる。
言葉によって、誤魔化されてきたものを、私は、一掃する。
藤岡の死によって、私は、言葉を失い、天地自然と同化して、沈黙をよしとする。
ちなみに、天地を大和言葉では、あめつちと言う。
あめつちの ほかになにごと もなしゆえ なにごともなく ただあめつちの

2007年03月03日

捏造問題

捏造問題に言う。
関西テレビの社員の給与は、若手でも年収1000万を超える。
孫下請けの製作会社の若手の給与は、月20万程度、年収にすると、240万程度である。
格差どころの話ではない。
何もせず、製作を丸投げしてやらせている。自分たちは、のうのとして大枚な給与を得ている。問題は、これである。
そして、今の日本は、この形で進んでいる。
大企業は、大枚に儲けて、その元では、中小企業が犠牲になるという図である。

納豆だけではなく、味噌汁、フルーツでも捏造があったと報告された。
何故、関西テレビの社長が切腹しないのか。
死をもってお詫びしないから、また、これが続く。要するに、死なないからである。
死ね。

「意識の緩み」「チェック機能の不備」と言う。
違う。選民意識である。自分たちは、違うと思う意識である。
下請けの、また下請けである。信じられないのである。
あのNHKも、そうである。問題が起きたとき、下請けの製作会社が謝る。しかし、褒美は、NHKが頂く。
本当に、おかしい、変である。

テレビに対する不信感ではない。テレビ局に対する不信感である。
要するに、言論の自由を金儲けにしていると、言えばよい。その方が、すっきりする。

私は、納豆番組から、一ヶ月ほど、納豆が食べたくても、食べられなかった。手に入らないからである。
昔から納豆を食べていた。
それなのに、テレビで痩せると言われただけで、納豆に殺到した、アホ馬鹿、間抜け、糞ったれの、視聴者である。
テレビ局と、同類なのである。
是非も無し。自害して果てた方が幸せである。

反省し、謝罪しますと言われて、ああそうですかと、言えるか。
私は、言えない。
死んでもらう。
事の重大さを知らない。それが社長であるという認識を、私は疑う。
日本を覆う問題を象徴している。
作る者も、アホであれば、見る者も、アホであるということ。
この問題の根本は、伝統教育の退廃から生まれた。
そう、伝統教育を放棄して、何やら、社会、共産主義もどきに迷わされた、日教組に代表される者どもたちの、問題である。彼らは、それに気づかない。
戦後、60年以上を、そのような教育に明け暮れていた。
万事休す。

2007年03月04日

君が代伴奏合憲

君が代伴奏命令合憲という判決がなされた。
当然である。
私は、法的云々ではなく、感情論として言う。
教師側の主張は「君が代は、過去の日本のアジア侵略と密接に結びついており、公然と伴奏は出来ない。君が代の役割を教えずに、児童に歌わせることも出来ない」と言う。

国旗、国歌を巡る同種の訴訟は、現在全国で、13件あり、約950名の教職員がいる。
東京地裁は、昨年の四月、都立学校の教員401名が起こした訴訟で「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するよう義務づけた都教委の通達は違法」とする判決をした。

彼らが、全くの間違いを起こしていることを知らない。
児童は、過去の体験を持たない。国歌は、国歌として認識するのみ。そこに、大人が、自分の思想、信条を持ち込むことがおかしい。児童の混乱が目に見えるのである。
それこそ、児童に対する、思想、自由、良心の侵害だとは、考えない。実に、身勝手な行為である。それに気づいていない。

君が代が、過去の日本のアジア侵略と密接に結びついているというのは、個人の考え方であり、それを誰も否定しない。それで、よろしい。
しかし、それを持って公の場で、礼儀作法を無視してもいいとは、許されない。

ある人が、君が代は、現在の日本の繁栄と密接に結びついているから、素晴らしいと考えてもいい。言論の自由であるから、何を言ってもいい。
彼らは、個人と、公、公人としての意識が希薄過ぎるのである。

海外に出掛けて、観光する。ある場所では、履物、素肌を出すことを禁じられている場所がある。また、どんな国に出掛けても、もし、その国の、国旗に人々が敬意を払っている場面では、外国人であっても、敬意を払う。
これ、礼儀作法である。
昔、ある宗教団体に公演に呼ばれたことがある。私は、その教義を信じる者ではないが、彼らが敬意を払う仏像に、敬意を払う。公演の前に、その仏像に、私は敬意を称して、額ずいた。これ、礼儀であろう。

公立学校の教師であるということを忘れて、我が身の思想、信条を盾にとり、それを言論の自由だと思っているならば、即座に改めるべきである。
または、私立学校に転職するべきである。

それにしても、私が腑に落ちないのは、君が代が、過去のアジア侵略に密接に結びついていると考えることである。
あれは、歌である。
歌を聴いて、様々な感情を持つのは、個人的、極めて個人的な感情である。
彼らは、他人が、自分の嫌いな歌を歌うと、止めろと言う、傲慢を言うのである。ちまたに溢れている、騒音に対しては、鈍感で、君が代だけに、異常に拘るというのは、まず強迫神経症である。

そして、最も罪深いのは、この行為によって、子供たちを混乱させているということである。自分の感情を、良心であると言い、正当化しているが、それによって、子供たちを混乱させる。それが、罪深い。
国歌斉唱、国旗掲揚、共に公である。
公とは、おおやけ、であり、おオほオやアけエである。
オとアとエである。
送る、開ける、留める。
つまり、おおやけとは、人に送り、心を開き、それを留める。国家幻想のあり方である。
彼らの行為は、国家幻想を破壊せよと言う。つまり、自分の居場所まで破壊するということを知らない。実に、愚かであり、哀れである。

どうして、このようになったかは歴然としている。左翼主義のアホどもが、国家転覆を狙って成したことである。天皇制廃止とか、愚にもつかないことを考えた末のこと。
ロシア、中国共産党、北朝鮮を見れば、彼らの末路が解るというものである。

ここで、はっきりと言うが、日本上空に開ける霊界は、またの名を、高天原神界という。
世界で、一つしかない、正神界である。これは、いくらでも証明することが出来る。
正神の霊界を有する国は、日本のみである。何も、民族の云々を言うのではない。現実を言うのである。
魔界の無い国である。
よくよく歴史を見回して欲しい。ユダヤ魔界、インド魔界、準じて、イスラム魔界によって、世界は支配された。何故、日本が、このようにあるのかをとくと考えてみれば、解るはずであるが、勿論、霊的感応力の無い者が、千人集っても解らない。

高祖皇宗によって、守られている日本であり、その個人的自由を許している。
その個人的行為は、因果応報、自業自得して、自分に返ってくる。

日本には、専制君主制は無い。天皇の住まいを見渡せば解る。歴代天皇のお住まいは、城壁で囲まれたものは、一つも無い。
いつでも、滅ぼすことが出来た。しかし、武力政権を取った者も、誰一人、あの信長でさえ、天皇家を攻撃することはなかった。何故か、天皇家は、一般国民に支持されていたからである。我らの本家であるという意識は、神であるというより、身内である。

君が代から、私がここまで書くのは、飛躍し過ぎである。それを解って書いている。
君が代は、歌である。歌が、ここまで威力のあるものであることを知る。
日本は歌道の国である。
この問題は、日本人の歌に対する感覚が、いかに優れているのかを教えるものである。
単なる歌に、これほどの議論が必要なほどに、日本人は、歌に支配されるのである。
私の、もののあわれを、是非読むべきである。
学者どもが書けない、もののあわれを、お見せしている。
勿論、私の霊感という妄想であることは、必然である。

2007年03月05日

脱北者

タイ、チェンマイにでかけた時、北朝鮮からの脱出した、脱北者を支援している団体があることを知った。
3月1日の読売新聞に、そのことが載った。
タイは、脱北者の第三国出国を認めているため、昨年は、前年比5倍以上の900名近い脱北者が流入してい。今年も、すでに180名以上がいるという。
今や最大の脱北ルートになっているという。そのルートは、中国雲南省からラオスを経由するものだ。
取材した二人の女性の談話が載っていた。
北朝鮮の状況だ。
盗品販売や中国からの密輸入をする人だけが生き延びる。市民は飢え死にするだけ」と言う。三年近い逃避行を経て、タイに辿りついたのは、支援するNGOの支援もある。

現状では脱北者は、中国に滞留するしかない。強制送還や死を覚悟しなければならない。脱北者の多くは、ブローカーに頼み、多額の資金を調達するために、売春などをするという。一人の女性は、人身売買を五回もされたという。
バンコクには、入国管理局に収容されている350名の他に、150名が潜伏するといわれている。

これで、北朝鮮が、まともに暮らせる国ではないことが理解できる。
さて、国際社会である。こんなことは、知っている。しかし、これに腰を上げることなく、現体制を維持させるために、何とかかんとか、やっている状況である。
いくら食料支援をしても、一般国民には、行き渡らないのである。

同じ日の新聞に、南北閣僚会談が行われて、北は、特にコメ、肥料の支援を求めているという。支援実施を強く求めている。それに応えると、益々、北は、苦しむ人を出すということになるのである。
アメリカは、香港の金融凍結も解除しようとしている。
結局、北に丸めこまれているのである。
核兵器開発は、単なる脅しのテクニックであり、蝦で鯛を釣る行為を平然とやってのける。そして、一番苦しむのは、北の国民である。

あれ程の悪事をしても、国際社会が裁かないとは、一体、どういうことなのかと、本当に考え込むのである。
2005年の秋には、体制が崩壊しているのである。国であって、国の体を成していない。つまり、独裁者のための国である。
ほんの一部の人のために、多くの国民が塗炭の苦しみを負う。
日本が半島を統治していた時期は、こんなことはなかった。
これは、歴史を顧みれば解るが、問題は、ロシアとアメリカにある。南北に分断して、代理戦争をした果てのことである。それを、今の今まで、解決出来ず、多くの人を苦しみに置いている。
まだ、この体制を温存させているとしたなら、両国共に、魔物の国だと言うことである。

祖国を逃げなければならない人の悲しみを想像すれば、絶望である。
一刻も早く、国連主導で、北の国民のために、統治すべきである。

2007年03月11日

少子化について

少子化問題である。
政治の問題であると言う。それも、然り。
フランスでは、三人の子供がいれば、税金は全額免除されるという。二人では、公共施設料金が云々という。だから、日本もと言う。
皆々、子供を生まない、生めない政治家が言う。
ウソである。
あの貧しい時代、一つの家族の子供は、10人前後である。これを、何という。

私は言う。
問題は、子供を生まない世代の親にあると。
彼らが育てた子供が、子供を生まないのである。いかに、とんでもない教育をしたかということである。子供など、いらないと思わせたのは、その親であろう。
自分も出来ない理想を子供に夢見て、子供を飼い殺ししたのである。
見よ、その子供の子供が、引き籠り、ニート、フリーターである。

時代の問題だというのは簡単である。
問題は、伝統教育を成さなかったからである。
子供に迎合して、子供を支配して、子供を犠牲にして、この体たらくである。
その年代の者の言い分は、いつまでも青春であるから、笑う。
日本の伝統は、老成の思想であり、年老いても青春であるとは、欧米のアホどもの思想である。
いつまで、色気づいているのか、アホ。

心が、若いということは、馬鹿だということである。
心は、成長して、大人になり、老成するから、いい。
こうして、欧米型の思想を取り入れて、このやとまの国の伝統を無きものにした、アホ馬鹿間抜けである。
いつまでも、若いというのは、化け物だと知らない。
その程度の成長しかしなかった者の子供が、子供を生みたいと思うか。

東西に分断されていた頃の、東ドイツの男女関係は、凄まじかった。やり放題、生み放題である。国が、子供の面倒をみるからである。
勿論、共産国というストレスであろうが、セックスしか発散することが出来なかった。
東ドイツに留学していた、知り合いは、寮で毎晩行われる上下左右の部屋からの、喘ぎ声に驚かされたという。
そのセックスは、日本人の様ではない。阿鼻叫喚の快楽の叫びである。
さて、言う。
それほど、少子化を恐れるなら、子供を国でみればよい。さすれば、阿鼻叫喚でセックスし、生みまくるだろう。
今、女は、やりたくてしょうがないのである。ただ、男が、それについて行けないだけである。ホテルにも、男が女に連れられて入る時代である。
国が、どんどん生ませるとよい。
結局、そこまで出来ないのである。
しかし、政治家は、声高に叫ぶ。国の問題であると。
男が、女とセックスせず、男同士でしたり、ダッチワイフを共にしたりすることのないように、考える方が、はるかに実がある。

伝統を忘れると、こういうことになる。
すると、伝統の意味さえも解らない者がいる。
何せ、東大の教授でさえ、何をもって伝統というのかと言う時代である。
しまいに、誰が伝統を決めるのだという。終わっている。
伝統の一番は、食事の作法であると言っておく。
以下省略する。

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