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節分から始まる

陰暦では、新しい年が節分から始まるが、実は、節分とは、毎月ある。
太陽暦とはズレる。陰暦は、月の動きを主にするもの。
東洋の運気は、この節分から始まる。よって、一月は、昨年のまとめの月と考える。
私は、実践占歴、25年なる。
多くの人の運勢を見てきた。人生の、様々な問題や悩みに出会い、私は、それにより、人間教育をさせられた。
食って寝ることから、男女の関係、果ては、嫁と姑の関係から、殺人者までの相談を受けた。今も、それは続いている。
子供の命名も300以上を越える。
私は、占いを一つの情報として扱う。そして、占いを信じてない。占いは、利用するものであり、信じるものではないからである。
先人たちが、子孫に幸あれと残した、上質な情報であると考える。
そして占いも進化する。時代の価値観に合わせるようになる。ただし、人は、太古の昔と、大差ないということも解る。
生きている間は、幸せに生きたいと思う。そこで問題なのは、その人にとっての幸せとは何かである。
それは欲望の充実に尽きる。
仏典の理趣経典とは、欲望肯定のお経であるが、大層なことを言うが、仏典とは、人の書いたもの。仏法とは遠い。まあ、それにより、人の欲望を肯定して、安心を与えるゆえに、意味があるのだろう。
しかし、私は、仏典を屁理屈であると、断定する。
語れば、いいというものではない。
節分とは、節が変わる。実は、毎日、節が変わるのがいい。
毎日、節を変えて生きること、これに人生の趣がある。要するに、前を見て進む。過ぎ事は、忘れる。しかし、どうしても忘れられないものがある。そこに、私の人生のテーマが隠されてあると知る時、生きるとは、また趣があるものだと思うのである。

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2007年02月02日 12:26に投稿されたエントリーのページです。

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