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515日祭に

ひ、ふ、み、よ、と
かぞえてはまた
いくたびも
悲しみつつも
あの日を思う
一日たりとも藤岡を思い出さないことはない。
それが、楽しみにつけ、喜びにつけ、悲しみにつけて、である。旨い物を食べて思い出す時ほど、苦しくなることはない。
物を食べる時、安心して食べる時、無心の幸せを感じる。私は、その藤岡の姿を思い出すのである。
また、突然、あの事故の日を思い出す。
これは、私が死ぬまで続くであろう。
忘れた振りをして生きることなど、出来ない。だから、それでよい。
比喩で言う。
一つの病を持つ人は、完全健康だと思う人よりも、体に対する意識が違う。ささいな変化にも、体の声を聞く。
私の生活が、藤岡の死によって、そういうものになった。
普段は忘れること、味わうべきことを忘れること、感じ取ることを忘れることがない。
藤岡の死が、私の人生を益々と深めている。
太陽を仰げば、太陽に、雨が降れば雨に、風吹けば風に。それは、すべて私から発するものである。決して、外から入ってくるようなものではない。私のうちで生まれるもの。

この世で、何が人をして考えさせるかといえば、それは人の死である。
西行の出家の原因を、多くの研究家、嘘つきの作家、迷える作家等々が、恋をしてはいけない身分の方に恋をした、叶わぬ恋のゆえの出家だというと、私は笑う。前日まで一緒だった、同僚の翌日の突然の死によるのである。
ふざけたる者も襟を正すもの、それが死であるとは、夏目漱石である。
人の死に鈍感な者は、実に救いようがないのである。
九割の女性は、夫に先立たれると、次第に元気になるという。その逆は、妻に先立たれた夫の、九割が早死にするという。
男と女の違いが、見て取れる。良い悪いの問題ではない。
死というものの、影響力を言う。

さてさて、去るものは日々に疎しと言う。
それも、ありである。
死んだ者は、忘れ去られる。それも、よしである。
しかし、私は、忘れない。
私は、人よりも、多くの人の死に遭ってきた。今は言わない。
それ以後、生死を考え続けて、40年を経た。哲学も宗教も、心霊学、霊学も、もっと言えば、霊的なことも、多く知り、その所作も身に付けた。しかし、それが一体何であるのかと言えば、虚仮である。
霊界はある、霊はあると私は言うが、私は、そんなものを、実は何とも、思わない。
私には、大嘘つきの妄想の仏教の様々な教え、仏になる、阿弥陀の本願に救われるだの、題目により云々も、虚仮である。キリスト教の神の恩寵、救いも虚仮である。
いまさら何を言う。
皆、付け焼刃の、100年を満たない人生を、うつらうつらと誤魔化して、安心という妄想にあることを知っている。死ぬまでの暇つぶしを、精々励むことである。
私には、それらは、喧しいのである。「言さえぐ」のである。

犬の世界を理解できないように、人間は人間の世界しか、理解出来ない。それ以上も、それ以下の世界も理解できない。
例えば、人間を超えたものの存在を理解し得るだろうか。また、それをこの人間の言葉で語れるだろうか。嘘であろう。
語れば語るほど、嘘になると、何故知らないのか。
溢れるほどに語る哲学、思想、そして大嘘つきの宗教の教義を、私は笑う。
だから、私は、多くを語らないという、日本の伝統である「言挙げせず」を潔しとする。
もし、万が一、真理というものがあったとしても、語れるものだろうか。
語ること、それに嘘がある。つまり、語れば、それは嘘なのである。

言葉の発生を考えて、私は沈黙する。
そして、天地万物が沈黙する如くに、私は、沈黙するものだけを、観る。
言葉を発しない、風に身を任せて、私も風になる。
言葉によって、誤魔化されてきたものを、私は、一掃する。
藤岡の死によって、私は、言葉を失い、天地自然と同化して、沈黙をよしとする。
ちなみに、天地を大和言葉では、あめつちと言う。
あめつちの ほかになにごと もなしゆえ なにごともなく ただあめつちの

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2007年02月25日 07:01に投稿されたエントリーのページです。

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