藤岡の部屋の引越しが終わった。すべてを運び出した後で、私は、再び藤岡との別れを体験した。部屋にいた藤岡との別れである。
そう、人生は繰り返しである。私は藤岡と、この世において、別れ続けるのである。
一つ一つにお別れする。悟り続けるように、別れ続けるのである。
いじめを受けて自殺した子の母親が、あの子とは八年逢っていませんと言った。
私も藤岡と、一年以上逢っていない。
私の、この人生では、もう逢わないと思っていても、逢いたいと思う。
霊学を知る私でさえ、こうなのである。知らない人は、どれ程の悲しみを体験するのかと思うと、心境を察するのみである。
さて、私は生きる。死ぬまで生きる。
命の貴さとは、生き抜いて死ぬ時に、現れるものである。
その命の尊さを、私は藤岡宣男に捧げる。
命懸けの祈りが通じないことはない。私は、それを知っている